SGRAかわらばん

エッセイ212:マックス・マキト「マニラ・レポート2009春」

新型インフルエンザが発生してWHOがフェーズ5を宣言したころに成田を出て、4週間マニラに滞在した。フィリピンでは一番暑い季節である。着いた時には新型インフルエンザの感染国リストに載っていなかったのに、グローバル化が止められないように、ウィルスは国境を超えて広まり、フィリピンでも現時点(6月30日)の感染者数は1709名(その86%は回復済みで、患者の平均年齢は18歳)である。僕は幸いに無事に過ごすことができた。(でもこのように症状が軽い病気の場合は、かかったほうが免疫力が高まるから良いという見方もあるそうだ。)
 
今回、マニラを訪問できたのは東京大学の中西徹先生との共同研究のおかげで、5月6日にSGRAの第10回日比共有型成長セミナーを無事に開催できたのはアジア太平洋大学(UA&P)のビエン・ニト先生のおかげだった。セミナーのテーマは「労働移民と貧困」であった。

まず、UA&Pの社会経済学課長のニト先生とフィリピン大学の元社会学部長ナネット・デュンゴ先生が国際的な観点から議論をした。フィリピンからの労働移民の特徴として、サービス部門や女性が大部分であると指摘し、その社会的コストが強調された。つまり、サービス部門関係の仕事をする女性が海外へ出稼ぎにでることが、社会の基本単位である家族にいかに打撃を与えているかという懸念を取り上げた。

休憩を挟んで、中西先生は国内的な観点からこの問題をとりあげ、20年間以上観察し続けたマニラのスラム地域の研究を発表した。社会ネットワーク分析という先駆的な研究方法を利用し、スラムにおいてもコミュニティが形成されていることを指摘した。その後、会場からの質問に対して、とくに、中西先生の友人であるアテネオ・デ・マニラ大学(カトリックのイエズス会)のボイング・バウティスタ先生から丁寧にコメントをいただいた。

そのあと、僕がふたつの観点をまとめる試みとして、共有型成長という目標達成のために都会の労働移民が果たす役割を論じた。すなわち、フィリピンの国際労働移動は多すぎるが、都会のスラムから出られなくなった元々地方からの国内労働者の移動は小さすぎると指摘した。

最後に、UA&Pの経済学科長である相棒のピーター・ユ先生に閉会挨拶を短めにお願いしたが、彼の挨拶は力が入って長かったし、「一番帰ってほしいフィリピンの海外労働移民はマキト博士だ」と皆の前で堂々と言ったので照れる一瞬もあった。ありがたく思っているが、数十年間の日本生活を犠牲にして母国に帰国するのは果たして母国にとって良い戦略であろうかと常に考えている。年3回ぐらいフィリピンに帰ってみんなと共同研究をするのが、いまのところベストな方法ではないかと思っている。

このセミナーの内容はアジア太平洋大学のニュースレターに掲載される予定である。
 
自動車産業の研究は、予想以上に、データの収集が上手く行かずに困っていた。そんな状況にも関わらず、自動車会社の協力者が政府とアポイントを取った。何を話せばいいか約束の日の前夜まで悩んでいたが、幸いにアイデアが浮かんで、5ページぐらいのノートを、会議場の近くで朝ごはんを食べながら書いた。その結果、自動車会社と政府と自動車産業組合が、フィリピン自動車産業の共有型成長ロードマップというテーマで、8月にワークショップを開催することになった。実現すれば、第11回目のSGRA共有型成長セミナーになる。これで実態が大きく変った。フィリピン政府と自動車産業組合は、従来、約5億円で下請けを引き受けた外資系コンサル会社が作成しているロードマップだけを検討してきたが、今回のマニラ滞在でSGRAが関わっているロードマップも同時に検討してくれるようになった。
 
海洋船舶工学の活動については、何回もフィリピン大学の機械工学部の仲間たちと話し合った。日本の財団に研究助成金を申請したが当たらなかったし、不景気のせいか最初僕らのプロジェクトに興味を示してくれたスービックの造船所も冷たくなったので、皆落ち込んでいた。とにかく、みんなと話し合って、つぎの手を考え出した。マニラのホテルで、スービック湾メトロ管理局の会長と面会してアドバイスを受けた。幸いに彼は依然としてこのプロジェクトに関心を示してくれた。これからどうすればいいか探っているところである。(読者のみなさんからアドバイスがあればぜひご連絡ください。)
 
UA&Pの政策提言(ADVOCACY)機関になるCENTER FOR RESEARCH AND COMMUNICATION(CRC)と提携した5年間のプロジェクトについては、援助機関であるGLOBAL DEVELOPMENT NETWORK(GDN)との契約交渉がまだ終わっていない状態だが、今月中にCRC側が指摘したいくつかの点をクリアすればサインされる見込みである。先月、このプロジェクトの代表2名がWASHINGTON DCで開催された研修に14カ国の代表者と一緒に参加した。彼らは、オバマ大統領の姿も見ず、新型インフルにもかからずに、3日間のハードな日程を終えて無事にフィリピンに帰ってきた。CRCとSGRAの共同事業についての話し合いはようやく終わったようである。
 
このプロジェクトのテーマはGOOD GOVERNANCEである。最近、このテーマに対して研究資金がかなり回されているようだ。実はマニラ滞在中にも、同じような研究募集があったので、みんなで応募した。中西先生は、現在進行中の世界金融危機から示唆されるように、市場自由主義は失敗したようだが、それを容認したくないので、発展途上国が未開発である主な原因を途上国の政府のせいにしようとしているのではないか言われた。確かにそのような側面もあるかもしれない。とにかく、援助側が想定する開発ではなく、被援助国が目指す開発に重心をおかなければならない。これは確かに僕が東大の大学院時代に研究した日本のODAの自助努力理念から学んだことである。今回の援助プロジェクトは欧米のファンドによるものだが、日本のODA理念をできるだけ活かしたいと思う。

第10回日比共有型成長セミナーの写真

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<マックス・マキト ☆ Max Maquito>
SGRA運営委員、SGRA「グローバル化と日本の独自性」研究チームチーフ。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師。