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エッセイ208:趙 長祥「零落黄泥碾作塵、惟有香如故」

―キャンパスにアカシア花の香りが漂う季節への寄語―
(キャンパス生活シリーズ①)

 

光陰矢のごとし。今勤めている大学のキャンパスに来てから、まもなく1年間半になる。このキャンパスは、青島市のダウンタウンより約20キロ離れたところで、中国道教一の名山―崂山の近くにある。青島市の東に位置し、海からそう遠くないためか空気がわりときれいなところで、まだ自然がかなり残っている。現在開発が進んでおり、開発につれて将来はどうなるか分からないが、今のところはこの土地の空気に満足している。キャンパスは標高約100メートルの山に囲まれた盆地のような所にある。キャンパスの面積はかなり広く、2002年から建設がはじまり現在も続いているが、広々としたオープンな感じである。赤い瓦屋根の建物と緑溢れる木々と交錯に輝き、キャンパスのメインの色調となっている。
 

 

キャンパス南東の一隅には約50メートルの高さの丘がある。その丘は住んでいるところから近いので、私の休憩地にもなっている。夕食後に散歩しながら、よくこの丘の頂上まで登り、キャンパスの全景と周りの景色を見下ろしている。特に春から夏に移り変わる時、無名の小さな花がいっぱい咲き、木々の緑が溢れる季節に、頂上の岩に座り、野鳥の鳴き声と少し遠い村からの犬吠を耳にし、空が夕日に赤く染められて、一偶には薄い霧が立ちこもって悠々とした雲のように映り、一日の仕事の疲れやストレスも忘れて、なんとも言えない気分となる。
 

 

私が好きな季節は5月と10月である。5月は、溢れる緑とキャンパスに漂うアカシアの花の香り。10月は、黄色と赤の葉に染まる豊かな季節である。その中でも、ベストは春から夏へ変わる今の季節であろう。丘の半分を覆うアカシアは、緑の葉の間に稲穂のような白い花をたくさん着け、近くにいけば馥郁たる香り、遠くてもキャンパスに淡く清らかな香りが漂う。私にとって、その香りは大きな癒しである。淡く、淡く、体中に深く。

 

つい最近、ある満月の夜に頂上に登ってみると、心の底まで響くような景色を脳裏に刻むこととなった。丘には草が茂り、木々は点在し、或いは偏って茂っていた。白い月の光が丘全体に清く輝き、木々の枝がそよ風とともに舞い始め、揺れている枝葉が月の光を様々な形に切り込み、岩や草に小さなシャドウを与えていた。昼には見えないユニークな景色。夜遅いせいか、近くの川から蛙の鳴き声、少し遠い村からの犬吠、グラウンドから学生達のバスケットボールの音、天空に静かに光っている星、眠りに入っていきそうなキャンパスの街路灯、空気に漂うアカシア花の香り、木々の枝葉を揺する微風、とても詩的な絵のようであった。

 

 
アカシアの原産地は北アメリカであり、平均気温8-14℃、年間降水量500-900ミリのところを好む。1877年に中国に導入され、その強い適性、速い成長性、容易な繁殖性、広い使い道などの特徴があるため、華北、西北、東北南部の広い地域に植えられている。

 

私がアカシアの花を好む理由は幼いときの経験に由来する。あの頃、中国全体が現在と違って、貧しい時代であった。特に、農村部では都市部の発展より一段遅れて、一日三食のために懸命に生きていた時代であった。たとえ一日三食は満足できたとしても、現在の豊かな三食とは全く異なる時代であった。我が家の裏庭には、母が植えた大きなアカシアと棗の木があった。春と夏の変わり目にはアカシアの花の香り、夏に入ると棗の花の香りが庭中に漂っていた。我が家の生活も豊かになり、少年時代の私にとっては楽しいシーズンであった。稲穂のようなアカシアの花が満開になって枝々から垂れ下がる頃、私はいつも背に籠を背負い、高いアカシアの木に登って、アカシアの花をいっぱい摘んだ。その花を使って、母は様々な形で(炒めたり、蒸したり、饅頭にしたりなど)我が家の食卓を豊かにした。どんな形にしても、その特別な香りは部屋中に漂う。その香りを伴って少年の私は成長していた。30年が経った現在でも、脳裏に刻んでいたように、この季節になるとその香りは記憶として頭に浮かび、写真のように目の前に写ってくるのである。アカシアの花の香りは私にとって特別な香りであり、特別な記憶でもある。

 

時を経て、生活が豊かになった現在では、都市部でも農村部でもアカシアの花は人々の主食ではなくなり、天然の緑色野菜として人々の食卓を豊かにし、人々の舌の味わいを調節する役目に変わっている。しかし、どのような時代に切り替わっても、私にとっては、アカシアの花の香りは相変わらず特別な香りであり、依然として特別な記憶である。私はこのような詩でアカシアの花を歌う「零落黄泥碾作塵、惟有香如故」。すなわち、泥に陥っても、塵に変わっても、依然としてその香りが漂う。

 

今、ちょうど、アカシアの花の香りがキャンパスを漂うシーズンである。心の底に沈んでいた感触を甦えらせて、このエッセイに書き入れた。

 

キャンパスと丘の写真

 

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<趙 長祥(チョウ・チョウショウ)☆ Zhao Changxiang>
2006年一橋大学大学院商学研究科より商学博士取得。現在、中国海洋大学法政学院で講師を務め、専門分野はストラテジックマネジメントとイノベーション。SGRA研究員。
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2009年6月3日配信