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エッセイ205:今西淳子「我家の新型インフルエンザ物語」エッセイ205:今西淳子「我家の新型インフルエンザ物語」

第一幕:ドラマのはじまり

 

4月22日、交換留学中の末娘から「自分は丈夫だと思って油断してました。昨日は、インターンシップをしている会社にいって、寒気と体の痛みがひどかったので、早退させてもらって、一日休養。よくなったと思って、普通に会社と授業に行って、21時すぎに帰宅したら、また悪化。今日も早く寝て、明日よくなってもらわないと」とのメールが届いた。病気などめったにしないのに、鬼の霍乱!しかし、23日には「午後いっぱい寝て、体を温めていたので、調子良くなった気がする」というので一安心。問題は、娘の留学先がメキシコ市の大学だったこと。

 

第二幕:偶然の一致

 

4月25日夜、出張中のソウルのホテルでメールチェックをすると、米国アトランタ市の疾病予防管理センター(CDC)にインターンシップで行っていた長女から「CDCは予想以上におもしろい。部署によっては50%以上のプロジェクトがインターナショナル。何よりも疫学の質はきっと世界一。Outbreakがあればどんどんスタッフを現場に送り出してるし、すごくダイナミック」と非常に満足した様子。ところが次のメールを見て驚いた。「妹はまだメキシコに居るよね。豚インフルエンザに気を付けて。相当深刻みたい」。

 

え?豚インフルエンザ?何それ?次のメールは、ヤフー・ニュースの記事。「メキシコで豚インフルエンザによって何十人も死んだ疑い。懸念されるグローバルな感染拡大を防ぐため、首都の学校や博物館や図書館を閉鎖」。そして、テレビでも同じニュースが始まった。まず最初に思ったこと・・・メキシコ留学中の娘の風邪が治った後でよかった!だけど、まさか、豚インフルエンザじゃないよね。誰にもうつしていないよね。そして、もうひとつ、何故、長女がCDCで末娘がメキシコに居る時に、こういうことが起こるの!

 

メキシコに電話。娘は、ちょうどスーパーで買い物をしているところだった。「突然学校が休みになっちゃった。皆がマスクをしている。私はもう大丈夫。会社の人にも、ルームメートにもうつってないから豚インフルエンザじゃないよ。インターンもボランティアもお休みで、やることがなくなっちゃった。せっかく留学の最後の1ヵ月、いろいろやろうと思っていたのに。ぺルーやアルゼンチンにも行こうと思っていたのに。」

 

第三幕:パニック

 

4月26日のソウルから東京への帰途はそんなにひどくなかった。成田に着いた時の検疫も韓国便は普通通り。検疫官がマスクをしていたけど。
だけど、それから社会がパニックになった。主にテレビ。そして新聞。それに大臣も?WHOが危険度レベルを連続してひきあげた。

 

第四幕:感染症危険情報(外務省海外安全ホームページ)4月28日 

 

《渡航者向け》:「不要不急の渡航は延期してください。」
《在留邦人向け》:「不要不急の外出は控え、十分な食料・飲料水の備蓄とともに、安全な場所にとどまり、感染防止対策を徹底してください。」「今後、出国制限が行われる可能性又は現地で十分な医療が受けられなくなる可能性がありますので、メキシコからの退避が可能な方は、早めの退避を検討してください。」

 

第五幕:国際電話

 

娘「メキシコの大学からメールがきて、5月21日の学期が終わる前に帰国しても単位をとれるようにします。帰国する人は連絡くださいって。留学生や地方に住んでいる人たちは帰った人も多い。でも、こっちの日本企業の人たちは、家族を帰しても、自分たちは帰らないみたいだよ。」
母「日本国政府が退避するように言っているよ。」
娘「もう!なんでこんなことになるの!まったく厭になっちゃう。。。」
母「CDCのお姉さんが、1~2週間でおさまるOutbreakじゃないし、検査すれば検査するだけ患者はみつかるだろうから、もし出られなくなっては困るから早めにメキシコを出る方法を見つけたほうがいいと思うって言っているよ。」
娘「う~ん。それじゃ帰った方がいいかなあ。」
母「出発前にその咳を治してね。みんなに嫌がられるし、成田で隔離されちゃうから。」

 

第六幕:日本の大学から娘へ

 

こんにちは。豚インフルエンザについて大学でも話し合いが行われ、「現在メキシコへ交換留学している学生はすみやかに帰国するように」という大学の結論になりました。今西さんには至急帰国を検討していただき、改めて帰国日をお知らせ下さい。なお、6月までこのまま留学を継続したいとのことであれば、自己の責任において留学継続を希望するということをご理解下さい。帰国するか、6月まで継続するのか一度国際交流センターまで連絡してください。
(その後、日本の大学からは、帰国後10日間は自宅待機するようにという指示があった。)

 

第七幕:帰国

 

5月6日午後5時成田着。連休の最終日だったけど、空港は意外と空いていた。機内検疫もあるからさぞかし時間がかかるだろうと覚悟を決めて迎えにいった。夕方は北米から到着する便が多いためか、税関からでてくる人が皆マスクをしているのに異様な感じを受けた。大きなカメラをかまえた報道関係の人もいた。しかしながら、思ったよりも早く、到着から1時間くらいで、マスクをした娘がでてきた。「飛行機はがらがら。駐在員の家族ばかりだったよ。」「帰ってきちゃったって感じ。だって、今日からメキシコでは学校が始まったんだし、帰らなくてよかったかなあ。皆、日本に帰ったらパニックだと話している。メキシコの人々の生活は普通ですよ、と言っても、メディアはとりあげてくれないんだって。」「でも、メキシコの人たちに、また帰ってくるって約束したんだ。これから就活して、就職を決めて、秋にまた行く!」
(豚インフルエンザはこれから夏にむけておさまるけど、秋にはまたぶり返すかもと言われているんですけど。。。)

 

第八幕:電話

 

保健所「成田の保健所から、今西さんが5月6日に海外から帰国されたとの連絡がありました。どこからお帰りになったのですか。」
娘「メキシコです。」
保健所「いつからいらっしゃっていましたか。」
娘「昨年の8月からです。」
保健所「帰国してから体調が変わったことはありませんか?熱がでたとか、呼吸器の障害がでたとか」
娘「特にありません。元気です。」
保健所「それはよかったですね。でもご存知だとは思いますが、新型インフルエンザは潜伏期間が10日ほどありますので、5月16日までは、なるべく外出は避けて人と接触なさらないようにしてください。」
娘「はい。わかりました。」
保健所「お手紙もだしましたが、もし熱がでたりしたら、昼間ならば保健所へ、夜ならば発熱相談センターに連絡してください。」
娘「わかりました。ご苦労さまです。」

 

終わらない終幕:

 

私の所属するCISVという異文化理解と平和教育のグローバル組織では、この夏、メキシコで5つのキャンプの開催が予定されている。それぞれが11歳から18歳までの青少年を対象としたプログラムで、メキシコでは約200人を受け入れて同数を派遣する予定。お隣のアメリカでは660人以上を受け入れて同数を派遣する。この組織では、毎年、世界各地でキャンプを開催し、約8000人の青少年が参加するが、参加者の親たちから各国の協会事務局やボランティアへ問い合わせが殺到している。メキシコで開催するかどうかを何時どうやって決めるのか。スペインで感染者がでたけど、スペインのキャンプへ子供たちを送るのか。アメリカでもたくさん感染しているけど、アメリカからの参加者を受け入れて大丈夫か。。。。まだ様子を見ているところであるが、いつかは決めなければならない。あるいは参加者(保護者)に「自己の責任において」決めてもらわなければならない。全く頭が痛い問題である。

 

私たちはいつも、「噂話やメディアにふりまわされず、必ず世界保健機構(WHO)や疾病予防管理センター(CDC)のホームページから正しい情報を得るようにしてください」とお願いする。だから、最後にWHOのホームページからの一節を引用したい。

 

WHOでは、新型インフルエンザの大流行に関連する旅行制限を推奨しません。今日、海外旅行は日常のことであり、無数の人々が仕事やレジャーで世界中を移動しています。旅行を自粛したり、強制的に制限したりしても、感染拡大をとめることには殆ど役立ちません。しかしながら、グローバル社会に与えるダメージは甚大になります。
新型インフルエンザは、すでに世界各地で確認されています。今や世界的な対応策としては、国際的な感染拡大を阻止することより、早期発見によってウィルスの影響を最小限に抑えること、感染者に適切な治療を受けさせることに焦点をあてています。
旅行者の中からインフルエンザの兆候を探しだすことは、大流行の原因を探るのに役立つかもしれませんが、ウィルスはインフルエンザの兆候がでる前に人から人へうつるのですから、インフルエンザの拡大を防ぐのには役立ちません。
数学的な解析に基づく科学的な調査によっても、旅行制限は感染防止に限定的、あるいは全く効果がないということが示されています。今までにおきたインフルエンザのパンダミックや、SARSなどの経験によってもこのことは証明されています。

 

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<今西淳子(いまにし・じゅんこ☆IMANISHI Junko>
学習院大学文学部卒。コロンビア大学大学院美術史考古学学科修士。1994年に家族で設立した(財)渥美国際交流奨学財団に設立時から常務理事として関わる。留学生の経済的支援だけでなく、知日派外国人研究者のネットワークの構築を目指す。2000年に「関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)」を設立。また、1997年より異文化理解と平和教育のグローバル組織であるCISVの運営に加わり、現在英国法人CISV International副会長。
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2009年5月13日配信