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エッセイ200:範 建亭「海外人材導入と上海財経大学の“一校両制度”」

前回は、上海市政府が今回の国際金融危機を海外人材獲得の絶好のチャンスとみて、ウオール街などで募集活動を行ったことを話した。今回は、その後の動向、そして私の勤め先である上海財経大学における海外人材導入の状況を紹介したい。

 

昨年末、上海市金融当局は、底値を狙うつもりで大規模な募集団をニューヨークやロンドンまで派遣した。反響は予想以上に大きかった。27の金融機関が用意した170の就職先に、二千人以上の応募者が殺到したという。意外だったのは、応募者の中の10%ぐらいが中国人元留学生ではなく、外国人であったことである。さらに、今回の海外募集活動を契機に、上海市政府は各金融機関に対して、これまで受入れている海外人材の現状と今後五年間の導入計画を調査すると決めた。目的は、これからの海外人材導入を制度化、長期化させることである。

 

このように、海外人材導入の活動はこれから本格的になりそうだ。もちろん、導入される人材は金融関係だけではない。近年の帰国ラッシュを背景に、上海にいる元留学生がいろいろな分野で活躍しており、その規模はすでに7万人を超えている。さらに、今回の金融危機の影響で帰国者が急増し、2010年には10万人の規模になると予想されている。

 

ちなみに、改革開放後の30年間において、中国から出国した留学生は07年末で約120万人を超えている。現在、帰国した人はそのうちの四分の一しかないが、大半はここ数年の間に戻ったのである。要するに、殆どの元留学生が海外に定住していたが、近年では事情が一変し、帰国する人が急速に増加しているということだ。しかも、帰国するときに、上海や北京を選ぶ傾向が強く見られる。実は、海外人材の導入をめぐって、地域間の競争も激しくなっている。例えば、南京市も上海のやり方を真似して、海外に人材募集団を派遣したと報道されている。

 

海外人材の争奪戦は各地の政府や企業だけの話ではなく、大学間の競争も激化している。もともと大学は海外人材の主要な受入れ先の一つであるが、最近は特に活発になっていろいろな取組みを行っている。その中で、上海財経大学は大変興味深い動きを見せており、しかもモデルのような存在となっている。

 

海外人材を導入するために、上海財経大学が取った措置は革新的なものといえる。その一つは、2004年ごろから海外の大学に勤めている教授を招聘して、五つの学部の学部長に就任させたことである。国際的な人事配置は他の大学にも見られるが、学校内の主要な学部が一気に国際化したのは珍しい。これらの教授は海外国籍の中国人元留学生であり、また常勤ではなく、国内滞在は年に三ヶ月ぐらいしかないが、国際的な学術交流、海外人材の導入などに大きな役割を果たしている。例えば、毎年、米国経済学会や金融学会が開催される時期に、上海財経大学がこれらの海外出身の学部長を中心とした募集団をアメリカに派遣し、その場で面接などを行っている。

 

もう一つは、2007年から正式に実施した海外人材を導入するための特別な人事制度である。それはアメリカの大学のtenure制度に近いもので、主な内容は、海外から採用した教員の給料を一般教員の三、四倍にする一方、求められる業績(海外一流の学術雑誌で発表される論文の数)も厳しくなるというものである。採用期間は六年間であるが、業績がなければ退職、合格すれば常任(終身)の教員になる。

 

このような人事制度が採用されている背景には、通常の待遇だけでは海外の一流大学で卒業した博士がなかなか帰りたがらない事情があるからだ。しかも、上海財経大学はまだ国内でもそれほどの知名度がないから、一流の人材を導入するのはそう簡単ではない。解決方法は高い年俸(平均30万人民元以上)を出すしかないが、同時に、国際的な慣行に近い評価システムも導入されている。このように、上海財経大学には一つの学校で二つの人事制度が並行されている。すなわち、「一校両制度」である。

 

そのtenure制度に採用された教員は現在40人前後で、すべて欧米一流大学で博士を取得した元中国人留学生である。これによって、海外との学術交流が頻繁になり、一流の学術雑誌に発表された論文の数も増加しつつある。効果が徐々に現れているが、一つの学校の中で違う人事評価システムが実施されているのは、恐らく世界中にも稀なことであろう。一校両制度はいろいろな問題を抱えているが、一番危惧されているのは海外出身の教員と一般教員との対立である。そのため、制度上、一般教員もtenure制度に申請することが可能となっている。ただし、申請する教員はまだいないそうだ。tenure制度はハイリスク・ハイリターンのようなもので、決して心地良いとはいえない。tenure制度で採用された同僚の教員をみると、プレッシャーもかなり大きいようである。

 

私のようなtenure制度が実施される前に海外から帰国した教師は、一般教員となっているが、不満があまりない。求められる高い研究業績があまりにも難しいからだ。特に日本や韓国など、欧米諸国以外の国に留学した教師は、その要求を満たすことができそうもないと思う。というのは、評価される一流の学術雑誌がほとんど英語のもので、日本語など他の言語の雑誌はそのリストに載っていないからだ。このように、残念ながら、英語圏以外の国に留学した価値が低くなると認めざるを得ない。

 

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<範建亭(はん・けんてい☆Fan Jianting)>
2003年一橋大学経済学研究科より博士号を取得。現在、上海財経大学国際工商管理学院助教授。 SGRA研究員。専門分野は産業経済、国際経済。2004年に「中国の産業発展と国際分業」を風行社から出版。
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2009年4月8日配信