SGRAかわらばん

エッセイ187:マックス・マキト「マニラ・レポート2008冬」

SGRAフィリピンでは、現在、3つのプロジェクトを進めている。フィリピン大学機械工学部に船舶海洋工学プログラムを設立するプロジェクト、フィリピンの貧困に関するアジア太平洋大学(UA&P)と東京大学との共同研究、フィリピンの自動車産業に関するUA&P、名古屋大学との共同研究である。そして、定期的に「UA&P・SGRA共有型成長セミナー」を開催し、共同研究の報告を行っている。

 

2008年12月12日(金)にフィリピンに帰国し、早速、その翌日にフィリピン大学の機械工学部の仲間たちと会議を開いた。12月15日(月)にスービックで行う当学部に設立する船舶海洋工学プログラムについての発表の準備会議だった。発表の目的は、造船所と造船業に関わる政府機関からアドバイスや支援を得るためである。縄張りに配慮した結果、発表会は午前と午後と二回に分けた。午前の発表はスービック湾メトロ管理局(SBMA)とその管理下にある韓国の大手のハンジン重工建設社(HHIC)、午後の発表はフィリピン経済特区管理局(PEZA)とその管理下にあるシンガポールの大手のスービック造船所エンジニアリング社(SSEI)が対象である。二ヶ所とも基本的には経済特区であるが、SBMAは大統領府の直接管理、PEZAは通産省の直接管理になる。いわゆる縦割り行政である。この費用は僕ら(3人)の負担になるはずだったが、フィリピン大学機械工学部の会長がプログラムの重要性について納得したようで、スービックの発表にも参加することになったし、工学部の自動車を借りることができて、結局、高速道路料金の負担だけで済んだ。

 

  お昼もSBMAのサロンガ会長からご馳走になった。依然として彼はこのプログラムに関して前向きで、SBMAの予算のなかに少しでも取り入れる可能性を積極的に探ってくださり、このプログラムから便益を受けそうなハンジンなどの協力を図るようにしてくれるという。一方、ハンジンの代表二人はもう少しプログラムの詳細を検討する時間を要請した。南方にあるミンダナオ島に20億ドルの造船所を建設することを検討しているハンジンは、フィリピンのような発展途上国のビジネスでいろいろと苦労しているようだが、積極的に建設工事を実施してきた。韓国人のフロンティア精神にただただ感心している。一方、SSEIはフィリピンのエンジニア評判をさらに高めた。その本社であるケペルの世界活動センターはおよそ30ヶ所があるが、そこにフィリピンのエンジニアたちを派遣する計画である。シンガポール人の開放的な考え方が印象的である。5月にまたスービックへ行く予定である。

 

 17日(水)に発表の内容を一つのレポートに纏めて参加者へ送った。SGRA in Englishからご覧いただけるので、ご意見やアドバイスをいただけると幸いです。 東京大学の中西徹先生は、UA&Pのビエン・ニト先生との会議を22日に設定し、2009年4月に「UA&P・SGRA共有型成長セミナー」の一貫として、「移民と貧困:国際と国内的なパターン」をテーマにワークショップを開くことになった。中西先生はマニラ首都圏の貧困コミュニティーの研究の延長として農村から都会への移民を、ニト先生はフィリピン経済にとって大きな存在(およそ人口の10%)になった海外労働者を中心に発表する。僕は中西先生の研究の支援やワークショップの司会として務めると予定している。   自動車産業の研究は、1月7日に日系大手企業の依頼人とディナー会議をし、依頼人の勧めで、データ収集を再開することになった。全ての自動車クラスターから参加する意向を待たずに、とりあえず、依頼人からのクラスターのデータを収集し、統計的な分析を行う。この混乱の時代に、日系企業のリーダーシップと社会そのものを変える能力を期待している。SGRAの自動車産業の研究報告がまた新聞に掲載されたので、このような圧力によってフィリピン政府が動き始めているようである。(この記事のオンライン版

 

実はその政府の官僚(具体的には通産省にいるUA&Pの元上司)に新年のお祝いをフィリピンの基本的な連絡ツールであるTEXT(携帯電話のメッセージ)で送ったら、翌日の7日の朝に話し合わないかということになった。SGRA報告についての新聞記事は、自動車産業に対する批判(提言)を抜いて、フィリピン政府に対する批判(提言)だけに焦点を当てているので、通産省から厳しい文句を言われるだろうと覚悟していたが、意外と慣れている様子であった。もう一人、その会議に呼ばれていた。その人はUA&Pがまだ研究所だった頃に別の部だが、僕と一緒に働いたことがあり、WTOのジュネーブ本部でのフィリピンの首席交渉人の仕事を終え、通産省に戻ってきたところであった。彼が7日の会議に参加することにより、自動車産業についてのSGRA研究報告に載っている産業開発対策のフォーミュラがフィリピンの国際協定などの制約のもとで可能かどうかを相談する貴重な機会を手に入れることができた。そのフォーミュラの概要を彼に送って検討してもらったところ、「WTOに反する部分があるではないか」という指摘が返ってきた。そこで「自由化の最も強い推進者である米国でも、自動車会社のビッグ3を一時的に保護するように転換しつつあるのだから、フィリピンも国内産業に対してそのぐらい戦略的にならないといけない」と指摘させてもらった。オバマ大統領の産業政策だけではなく、金融部門の欲望を見直す目から学ぶべきだと思う。   今年のクリスマスや新年はこのようにして過ごした。日本への帰途、マニラ空港で、初めて大人のフィリピン人同士が静かに泣いているのを見た。普通は海外に行くフィリピン人はわくわくしているのに。今年の厳しさの前兆であろうか。

 

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<マックス・マキト ☆ Max Maquito>

SGRA運営委員、SGRA「グローバル化と日本の独自性」研究チームチーフ。フィリピン大学機械工学部学士、Center for Research and Communication(現アジア太平洋大学)産業経済学修士、東京大学経済学研究科博士、テンプル大学ジャパン講師。

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2009年2月3日