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エッセイ182:趙 長祥「生活の態度–達生」(庄子心得シリーズ③)

——「庄子心得」シリーズについて————

 

中国では、2006年に「学術超男と学術超女」の話題がメディアに取り上げられ、国中に宣伝された。中国の中央テレビ(CCTV)で放映されたのは、有名大学の教授達が、これまで非常に難しいとされていた国学(中国古典文学)を易しく大衆に解説し、啓蒙する番組である。なかでも、「三国誌」を解説したアモイ(厦門)大学教授の易中天氏(男性)と、中国古典書のひとつである「庄子」を解説した北京師範大学教授の于丹氏(女性)は、それぞれの的確な理解と簡潔明瞭な解説を以って、中国で一躍有名になった。テレビ番組は本に纏められ、それぞれ「品三国」「庄子心得」と名づけられてベストセラーとなった。これまで中国の大学の先生たちは、黙々と研究や教学に努め、マスメディアにでることなく、スーパースターとは全く無縁だった。しかし、今や、学者も国学解説によって学術超男と学術超女となったわけである。

 

国学が復興したといわれる現在の中国であるが、その原因を分析すると、改革開放30年近くの歳月を経て、徐々に豊かになっている国民は、物質生活だけでなく、精神的な支えも求めるようになったといえるだろう。豊かな中国の古典文学を、現在起きている身近な事象に引き寄せ、易しい説明を加えることによって、金儲けと出世をめざして常に競争に晒され、負組みに陥ることへの恐怖心から常に頑張って緊張している大多数の国民の心を癒すものとなったである。

 

私は、上海の企業での仕事を辞めて学界に戻ってから、時間的に多少余裕が出てきたので、上述の「品三国」と「庄子心得」を読むようになった。特に、于丹氏によって解説された「庄子心得」における、彼女の独自のロジックからたくさんのヒントを得、少しずつ感想として書き出し、ブログに載せるようになった。そのいくつかを、SGRAかわらばんの場をお借りして、皆様とシェアさせていただきたい。このシリーズが皆様の癒しとなり、テンポの速い生活のなかでも、ときどき空気に漂うスローライフの淡い……淡い香を感じていただければと思う。
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● 生活の態度–達生

 

昨年の11月で、中国は改革開放政策の実施以来、30年の歳月が過ぎ去った。連日、テレビ、新聞、ネットなどの各種メディアはこの話題を取り上げ、さまざまな形で過去30年の中国の改革の成果を顧みた。なんら疑問なく、過去30年間に中国は、かつて世界銀行に「東アジアの奇跡」と呼ばれたNIESやASEANの成長を凌駕するほどの急速成長を遂げ、人々を錯乱させるほど劇的に変貌した。このような急変化をもたらしたプロセスのなかで、人々は経済成長の速いテンポに共振し、経済成長がもたらした成果をエンジョイすると同時に、大きなプレシャーも背負って、時には迷走しながらも、人生を潜り抜けていく。

 

アメリカのサブプライムをきっかけに、世界経済に大きな打撃を与えた金融危機は、人々の生活に大きな妨げをもたらしている。輸出依存の強い中国経済も例外ではない。マクロ経済は比較的に健康的な軌道に乗って走っているが、ミクロ面では、特に、輸出依存型の中小企業に多大な損失をもたらし、部分的ではあるが壊滅的な打撃を与えている。長江デルタ、珠江デルタの労働密集型企業は多数破産している。さらに、一般市民は株市場に依存する人が多く、株市場の連月暴落(SHANGHAI STOCK EXCHANGE INDEX:6000ポイントから2000ポイントまで)も人々の心に大きな動揺をもたらし、自殺した人さえいた。

 

急速に市場化が進む中国では、隣の人が日々変わり、町の様子も日々変わっている。こうした発展は確かに経済によい影響や成果を出しているが、激しい変貌についていけない人もいっぱいいる。自分の明日はよくなるであろうと思っていても、実際はどうなるのだろうかと戸惑い、生活面で挫折や曲がり角にぶつけると、悲しい事件の発生も避けられない。

 

経済発展を遂げつつある現代中国の一面である。さまざまな問題を抱えながらも、人々は懸命に生きているのも事実である。しかし、こうした問題は中国だけでなく、世界のほかの国も面しているはず。そして、現代中国だけでなく、古代中国人も同じであったはず。こうした問題に面して、中国古代の人々はどう生きぬいてきたのかを、庄子は、自分の人生経験をもとに、さまざまな知恵をわれわれに教えている。その一つは、生活に対する態度である。

 

「庄子」全章を読むと、庄子の生活態度を二つの文字にまとめることができる。それが「達生」である。「達生」とは、生活やいのちに対する闊達さである。庄子の言葉で言うと、本当の「達生」とは、「達生之情者、不務生之所無以為」である。その意味とは、「本当に生命の真相を理解している人は、いのちに必要でないものを追求しない」ということである。すなわち、経済発展につれて、豊かになっている人々は、従来の生活スタイルを変え、高品質・健康的な生活スタイルを追求すると同時に、生活やいのちに闊達の態度が必然となってくる。寛容な心を以って、日々生活に面し、自分の目標を追求していくことが大事であり、「生年不満百、長懐千歳憂」(注釈:生きている歳月が百年に足りないのに、常に千歳の憂いを抱えている、すなわち、日々心配事ばかりを考えていることである)の状態にならないように努力していくことが重要である。

 

当然、常に闊達な生活態度を以って、日々履行していくのも容易なことではない。というのは、人間社会では、さまざまな人が生存し、さまざまな考えを持ち、生活の場面で日々ぶつかっていくのだから、常に摩擦を生じ、不平不満がでてくる。たまには、大変腹が立つことにもぶつかるし、どうしても理解できないこともでてくる。いちいち平常心で対面していくのも難しい。それが人間社会の正常態である。つまり、「人生不如意事十之八九」である。

 

とはいえ、困難だからできないことでもない。庄子の生涯では、ずっと「達生」を体験し、常に寛容な心を以って苦しい生活に面し、いろんな知恵を現代の人々に残していた。「達生」とは庄子の生活態度である。現代人にとって、どれだけ闊達で豊かな人生を得られるのかは、人それぞれであり、人の成長環境、質、理解力などで決まると考えられいる。しかし、毎日、その生活態度を心に銘記し、履行していけば、自分の理解できる闊達人生を得られるはずだ。

 

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<趙 長祥(チョウ・チョウショウ) ☆ Andy Zhao>
2006年一橋大学大学院商学研究科より商学博士号を取得。現在、中国海洋大学法政学院で講師を務め。専門分野は企業戦略とイノベーション、公共管理と戦略。SGRA研究員。
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庄子心得シリーズ①「独対寂寞、静観吾心」

 

庄子心得シリーズ②「心中の田園」