SGRAかわらばん

エッセイ089:林 少陽 「夏の帰国の感想(その1)」

(1)12年ぶりの長春

 

8月のある日の夕方、私を乗せた飛行機は長春空港に着陸した。学生時代の思い出が一瞬蘇った。80年代の後半、中国の南の地方の出身である私は、長春にある吉林大学で修士課程の三年間を過ごした。しかし、目の前の空港は、素晴らしく立派なもので、昔の私の記憶にあるあの空港の気配は全くなかった。迎えに来てくれた東北師範大学の友人が、昔の空港とは全く別の場所にあると教えてくれた。

 

高速道路を通ってだんだん長春に近づいていったが、昔の面影は微塵もなかった。近代的な夕方の都市を車が通っていった。近代化は、昔は素朴であったこの町をずいぶん変えたようだ。ここに来たのは12年ぶりのことであった。

 

夏休みを利用して東北師範大学歴史学院の国際会議に参加するため、ひさしぶりに長春に来たのである。二日間の会議はとても充実したものであった。事前に会議の参加者リストをもらっていなかったので、韓国から来たSGRA会員の高煕卓さん他、意外な友人との出会いもあった。東北師範大学は古くから日本研究に力を入れている大学である。普通の大学では外国語学院に日本関係の専門が設けられているが、ここでは外国語学院はもちろん、歴史学院、文学院にも日本研究があるだけでなく、日本研究所という研究機構もある。今度の会議で改めて東北師範大学の日本研究の伝統と意欲を実感した。

 

私がかつて学んだ吉林大学は、数年前の国の政策によって、長春にある十ぐらいの大学を合併し、いまや中国で一番学生数の多い大学となっている。しかし、合併によって大学の伝統が崩れ、学生の質も必然的にある程度落ちたため、内部では批判の声が止まらないようである。近年、中国の大学は古い管理体制から脱皮するために、いろいろな改革策を出した。合併も一つであるが、業績主義の管理体制も確立した。両方に対する批判が教員内部では大きいようである。業績は数字によって説明されるものではないという点は、特に批判側の大きな理由である。たしかその通りである。だが、個人的には業績主義を導入したことはいいことだと思う。競争力をつけることは必須であるから、誰がどのように業績を測るのかという問題を議論すべきであろう。

 

中国の大学では、1930~40年代にあった教授会による管理体制がなくなり、いまや学内の行政官僚体制による管理のシステムが採用されている。教員がこのシステムに入らなければ、学校の運営には全く関わることはなくなる。教員が学校運営の行政雑務をせずに済み、研究の時間が増える。しかしながら、上述のように、粗雑に業績を測定してしまうような問題も出てくるし、教員の声が学校運営に伝わりにくい。官本位社会の学校管理における反映であるが、恐らくこれも今後の改革の大きな課題の一つとなるであろう。

 

国際会議の後、師範大学の招待で、長春からバスで長白山に行った。バスは広くて緑の多い長春市内の通りを出て郊外の高速道路に入った。冬は零下25度になる長春であるが、夏はほんとうに快適できれいだ。空気も中国の都会の中ではいいほうだと思う。長春を出て、一回の休みを挟み、約6時間のバス旅行であった。私は眠らずに興味深く両側の風景や町の様子を見ていた。表面的とはいえ、改めて改革開放が農村にもたらした市場化や、生活の向上を私なりに確かめた。

 

中国と北朝鮮の境となっている長白山に到着するまで、バスの中で師範大学の学生諸君との交流ができたことも嬉しかった。中では修士に入ろうとする学生が案外多い。近年中国では修士号がなければ就職力が弱いと言われているが、甘やかされたと言われている一人子世代もとうとうこのような競争社会に直面したのである。中国では大学入試制度が回復してちょうど30年経った。当時の入学率は2パーセント足らずであったのに、今や、すでに22パーセントになった。もはや当時のエリート教育のイメージとは違う時代である。それでも、師範大学の学生はちゃんと夢を持ちながら勉強に大変熱心である、というイメージであった。

 

数日後長春と別れ、「D動車」という高速電車で北京に向かった。「D動車」とは、日本の新幹線に近いものと言えるのだろうが、6時間ぐらいで北京に着いた。二十数年前の学生時代には、たしか17時間かかったとうすうす覚えているが、「時間」が経つのが速いことを実感した。「D動車」は飛行機と比べて経済的であるし便利であるため、大変人気があり予約が必要であった。飛行機会社と鉄道会社はいずれも国営企業であるとはいえ、国家主導の市場化体制においては競争関係にある。
(つづく)

 

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<林 少陽(りん しょうよう)☆ Lin Shaoyang>
1963年10月中国広東省生まれ。1979年9月に廈門(アモイ)大学外文系入学。1988年6月吉林大学大学院修士課程修了。1999年春留学で来日、東京大学博士課程、東大助手を経て東大教養学部特任助教授。著書に『「文」与日本的現代性』(北京:中央編訳出版社、2004年7月)及び他の日本・中国の文学・思想史関係の論文がある。
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