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エッセイ088:五十嵐 立青 「アメリカ滞在記(その2)」

個人の主張を明確にすることが絶対的価値とされているようなアメリカ社会一般への言及は、イラク戦争に関して言えば必ずしも妥当しないものと思われた。世論調査によって差はあるが、イラク戦争への支持は現在でも30~40%程度ある。しかし、プログラム中に会った人物の中で、明確にイラク戦へのサポートを示した人はいなかった。もちろん、こちらの政治的立場がわからない中で慎重になっていた部分はあると思うが、イラク戦争を正義とする雰囲気は消えていた。滞在中いちばん聞かれたことは「イラク戦についてどう思うか」という質問と、「イラク戦争について日本人はどう思っているか」の2点であった。

 

前者の質問は、イラク戦をサポートする側が様子を見ながら聞いてくることが多かった。「テロ対策の重要性は疑っていないが、対テロ戦とイラク戦争との断絶性が問題であり、対テロ戦の名の下の無制限な拡大には賛成できない」と答えるようにしていたが、その点についてはイラク戦支持者にとっても大きなジレンマとして存在している感があった。その後、逆にこちらから質問をすることになるのだが、ほぼ共通した答えは、アメリカは疲れてきているとの所感であった。

 

興味深いのは、話す機会があった共和党関係者のうち、ローラバッカ下院議員を除いてほぼ全員が、共和党の予備選は最終的にマケイン上院議員が勝つだろうと話していたことであった。日本での報道やウェブサイトでの海外ニュースを見る限り、イラク戦を明確に支持しているマケインが残るという可能性は低いのではないか、日本ではむしろジュリアーニの人気が高い、との指摘に対しては「なるほどな」といった程度の反応であった。共和党関係者においては、イラク戦への強硬な立場が大統領選でネガティブな要素にはならないと判断されているのだろうか。このことは共和党本部で選挙対策ディレクターの話を聞いたときの感覚と一致する。選挙対策ディレクターは有権者からの電話等を受ける中で、中間選挙での共和党の敗因はイラク戦へのコミットではなく、移民政策への対応のまずさにある、と話していた。ブリーフィングには極力判断を加えないように意識していたが、これについては共和党が現場レベルにおいても大きな流れを見失っていたかのように思える。いわゆる国民の体温と呼べる部分である。

 

これに対して、民主党関係者に話をしていると、イラク戦について込み入った話にはならなかった。「ブッシュは論外だ」ということが議論の入り口になってしまうので、それ以上深められることがなかった。

 

さらに、ブッシュ大統領の演説を真似たものがラジオで流れているのを聞いたので、しばらくそのフレーズを使って相手の反応を見てみた。そのフレーズとは “We made a mistake in Iraq, We learnt quite a lot, so We’ll do better in Iran.” というものであるが、これへの態度は明確に二分された。ためらいなく笑うものは反ブッシュであり、イラク戦支持者は、困ったような苦笑いをする(さすがに怒るものはいなかったが)。

 

イラク戦についてのみ言及すれば、アメリカは確実にその自信を失っているように思えた。戸惑っていると表現されるべきかもしれないが、通常、理念部分においては絶対的に主張してくる彼らが、イラク戦争については言葉を選びながら話す姿は、強く印象に残っている。

 

米国は良くも悪くも、全世界に対して影響力を保持している。ワシントンにおける決定が世界に与える影響は極めて大きい。そのワシントンにおける決定とは、統治構造から考えれば、アメリカの持つDNAの積み重ねとも捉えることができるであろう。自立した個人としての行動によって、自分で世界を切り拓く必要性のある個人の集合体が「アメリカ」かもしれない。滞在中、民間企業・政治関係者に関わらず、自らのミッションを繰り返し表明していた。その表明には「自分がやっていることが正しいと信じているから、たとえひとりでも自分の道を歩み続ける」という確信に満ちたものがあった。このような新しいことを生み出すエネルギーが確かにアメリカ中に渦巻いていることを感じたことは、得られた人的ネットワークにも増して、訪米の最大の収穫であった。

 

最後に、ワシントンDC、カリフォルニアと同様に多大な刺激を受けながら本論で余り触れる機会がなかったノースカロラナイナでの訪問地の一つに触れて、この報告のまとめとしたい。近年情報産業においては、情報を独占せずに、プログラムを開かれたものにするために広く社会の力を利用する仕組みを採用する「オープンソース」による開発手法が注目されている。オープンソース推進企業として急成長を遂げているRed Hat社は、マイクロソフト等の大手による独占を明確に批判し、現在はそれら大手から脅威とされて包囲網を受けている。それでも、Red Hat社におけるブリーフィングにおいて、後退する気配は見られなかった。「社会の幸せのために自分たちは正しいことをやっている」との主張はどこまでも自信に満ち溢れたものであり、エネルギーに満ちたものであった。そのRed Hat本社の入り口に掲げられていた、滞在中最もアメリカらしさが感じられた言葉は、アメリカ国籍を持たぬインド人の言葉であった。

 

First, they ignore you. Then they laugh at you. Then they fight you. Then you win.
― Mohandas Gandhi ―

 

 非暴力不服従運動のために用いられたガンディーの言葉には、力に屈することや目前の困難に敗北することを受け容れない意思が込められている。信ずる価値観に基づいて、苦難があろうとも新しい局面を開いていく覚悟こそが、アメリカ各地に溢れるダイナミズムの根源であるかもしれない。

 

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<五十嵐 立青(いがらし たつお)☆ Tatsuo Igarashi>
つくば市議会議員。1978年生まれ。筑波大学国際総合学類を卒業後、University College Londonで公共政策修士号取得。2004年より筑波大学に戻り、国際政治経済学博士号取得。アカデミアの理念と現場のリアリティをつなぐ活動を展開中。
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