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エッセイ084:韓 京子「都羅山駅」

韓国は今、ある女性の学歴偽造(詐称)問題の話でもちきりです。ごく最近はマスコミもちょっと行きすぎじゃないと思われる部分が大きくなっているように思われます。日本でも耐震強度偽造問題で姉歯元建築士がかつらだ(髪も偽造していたと)ということがより話題になることもありましたが、本末転倒になり本題を忘れかねない状況になっているともいえます。

 

彼女は韓国の高校を卒業した後、ソウル大学に進学し、アメリカに留学。カンザス大学で洋画、版画を学び、エール大学で美術史の博士号取得(韓国初)したということのほとんどが詐称でありながら、権力層の後援、擁護によって 数々の有名美術館の主席学芸員から大学助教授、有名美術館の学芸研究室長などを歴任し、有名な光州ビエンナーレの最年少芸術監督に成り上がることができたらしいということです。実力より学歴重視社会であることも問題ですが、まだまだこんなことが可能だという社会に苛立ちを覚えます。

 

今日は美術つながりになってしまいますが、美術にはまったく無関心だった私にとって美術を通して世の中を見るということを学ぶきっかけを作ってくれた先生についてお話します。母校の大学を定年退職された西洋画の先生ですが、パフォーマーでもあるちょっとユニークな方です。お名前からしてユニークで「イ・バン」。漢字で李蕃なのですが、苗字だけ漢字で下の名前は必ずハングルで表記します。蕃は韓国が植民地だった頃付けられた名前(しげる)をそのまま残したそうです。この字には野蛮な、未開なという意味もあるとかで……。

 

この先生が韓国と北朝鮮間を連結する鉄道の韓国側の最北端駅である「都羅山」駅の壁画(といっても壁に貼られたアクリルペインティングの絵画って感じですが)の制作を任せられていたらしいのです。それを見に行こうとお誘いがあり、学校の関係者と行ってきました。都羅山とは、新羅の最後の王、敬順王が高麗に降伏した後、新羅の都慶州を偲んで涙を流したことが地名の由来だといいます。折しも七年ぶりの南北首脳会談が開かれ、韓国からの代表団が空路ではなく陸路を選択したためこの駅を経由しています。また、メディアの特設スタジオも置かれているなど、今ちょっと話題の地でもあります。南北民間人統制区域内にあるため、途中にある関門で武装した軍人さんが車内(スクールバス)に入ってきて住民票を確認したり、人数の点検をしたりしていました。ここから北は「統一村」って呼ばれる、納税も、徴兵も免除される特殊な地域らしいです。恥ずかしいことにこの村の存在をはじめて知りました。

 

この先生はもともと、「DMZ(demilitarized zone、韓国と北朝鮮間の軍事境界線周囲に設置されている非武装中立地帯)芸術文化運動」の旗手として活動していて、DMZ内の自然保全運動や、分断された祖国のことに真摯に取り組んでいます。 しかし、あいにくにも最近は特に若い世代では祖国統一の問題を深刻に捉えていないように思えます。都羅山駅は、「南北出入事務局」(「出入国」ではなく)があったり、武装した軍人さんの点検を受けたりと、南北分断の断面を見ることができる場所ではあるのですが、銃すらおもちゃのように見えてしまうような平和、平穏な世の中となってしまったのでしょうか。帰りのバスの中で南北統一について聞かれたほとんどの学生が特に興味を示していないという現状に、先生はもどかしさも感じつつ理解もしているように見えました。

 

駅構内の壁画自体は、駅がメタリックな感じなのと、絵に託された内容が重くてあまり素敵とは思えませんでした。(先生、ごめんなさい)その他、林を開拓したアジトのような自宅のある安城市(今は韓国の有名な文化人・芸術家の住居が多く、芸術村化しつつある)の貯水池の壁、水門も壁画にしてしまったり、自然をキャンバスにしてしまう、いたずらっ子のような先生です。

 

今年は久々に展示会が開かれます。「人が描けなくなっちゃって」と何年も作業場に閉じこもり「人」と向き合ったそうです。その結果が、ソウルの芸術タウン、大学路にあるアルコ美術館にて代表作家招待展<Arco- Choice イバン The Eco-echo-body>という企画で10月から一ヶ月間展示されます。都羅山駅は観光コースでもありますので、ご興味のある方はあわせてどうぞ。

 

 

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<韓 京子(ハン・キョンジャ)☆ Han Kyoung ja>
韓国徳成女子大学化学科を卒業後、韓国外国語大学で修士号取得。1998年に東京大学人文社会系研究科へ留学、修士・博士号取得。日本の江戸時代の戯曲、特に近松門左衛門の浄瑠璃が専門。現在、徳成女子大学・韓国外国語大学にて非常勤講師。SGRA会員
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