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エッセイ082:葉 文昌 「オリンピックよりも盛り上がる四年に一度の台湾総統選挙」

台湾ではあと半年足らずで四年に一度の総統選挙が始まる。この時期にもなると、総統候補に纏わる記事が毎日紙面を賑わすようになり、更に毎週末のスタジアムは政治集会の民衆で溢れ、耳をつんざくほどのラッパ音と歓声がどよめく。支持候補は藍(国民党の色)か緑(民進党の色)か?スポーツで盛り上がる機会があまりない台湾人にとってこれはオリンピックよりも盛り上がる四年に一度の全民挙げての一大イベントなのだ。

 

普段から話題や趣味の多様性が乏しいこともあってか、選挙が来れば話題という話題は政治一色となる。学食で食事していればどこからか中年の男が現れて支持候補者の褒め話と対立候補の悪口を言ってくるし、タクシーに乗れば、運転手からも同じ目に遭う。(客との言い争いが発展して「降りろ。お前なんか、車に乗せるもんか」となることも度々あると運転手から聞いた。) また、親類、友人、隣人同士でも支持政党に対する言い争いでわだかまりが生じる。台湾の国会議員は国会の殿堂で乱闘をするが、あのような議員がいられるのはそのような国民がいるからである。民衆を台湾では有権者と言うよりもフーリガンとしたほうがしっくりくるかもしれない。

 

ここまで読むと皆さんは、「台湾の民主主義は茶番劇だ」と思うかもしれない。確かにこれだけでは茶番劇だ。しかし台湾の民主主義による政権交代は、いい面も多くもたらした。一番大きいのは金権との癒着が少なくなったことだろうか。近年では予算を不正使用した政治家、粉飾経理やインサイダー取引の疑いの財閥トップ等が相次ぎ家宅捜査を受け、起訴されている。これまでは政治家や財閥にメスが入るのはあまり考えられなかったので社会にとって大きな進歩である。更に言えば候補者が国民にとってより等身大になったことである。民主化されていなかった数十年前の台湾においては、蒋介石等の独裁者は情報操作によって神格化されていた。ネガティブな情報は抹消され、国民は言いたいことが言えないので、指導者には問題が反映されずに社会の各階層で歪みが蓄積される。これでは社会の健全な発展は難しい。民主化後、台湾の指導者は等身大になったことで、誰でも問題点を言うことができるようになった。

 

以上、台湾の民主主義を紹介した。台湾は中華の辺境から始まって、スペイン人、ポルトガル人、中国人、日本人に300年程統治され、50年もの独裁政治を経てやっと民権を手に入れた。茶番劇は多いが、たかが10年の民主である、大目に見て頂きたい。また今後、自然の成り行きとして、国際社会への復帰を望むであろう。それで地域の緊張は強まるかもしれないが、民主主義が先進諸国の共通価値観である以上、台湾の民衆の意向は最大限尊重して頂きたいものだ。

 

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<葉 文昌(よう・ぶんしょう) ☆ Yeh Wenchuang>
SGRA「環境とエネルギー」研究チーム研究員。2000年に東京工業大学工学より博士号を取得。現在は国立台湾科技大学電子工学科の助理教授で、薄膜半導体デバイスについて研究をしている。
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