SGRAかわらばん

エッセイ084:太田美行 「インドの落語とマンゴープリン」

景気が良くなってきていると言われているせいだろうか、働き手の不在と共にまた外国人労働者の問題がメディアで取り上げられるようになった。5月15日の読売新聞(夕刊)では、「外国人短期就労の解禁案 法相『研修』を廃止、新制度」との見出しをトップであげた。8年位前にもこうした問題は色々な方面から取り上げられ、私自身もSGRAのメンバーを含む元留学生の方にシンポジウムに参加して戴いたり、国会議員を対象とした政策ディスカッションの企画・実行に携わった。

 

こうした問題が取り上げられ議論されるのは、将来の国の姿を考える上では本来喜ばしいことだが、景気が良くなれば「働き手としての外国人労働者」が、そして景気が悪くなれば「犯罪者としての外国人」が報道されることが多いように思う。もちろん景気が悪くなれば犯罪も増えるし、これまでの日本にはあまり見られない犯罪が増えることで目新しく、ニュースにはなるのだろうが、メディアによる世論の作り方自体に意図的なものが感じられるのは私だけだろうか。

 

そうは言うものの、約10年前と今とで大きく異なる点もある。それは今まで以上に外国籍住民の存在が当たり前になってきたこと、そして日本生まれの2世が社会人になっていることではないか。コンビニや飲食店で働いている姿は本当によく見かける。それに限らず企業や学校でも以前とは比べ物にならないほど増えている。2006年に日本国内で就職した外国人留学生が過去最多の8272人になったと法務省入国管理局は発表した。また日本生まれについては、もはや説明するまでもないほど。有名な日本ハムのダルビッシュ選手、またお正月の箱根駅伝にもフィリピン人とのダブルの選手が出場したりと賑やかだ。

 

先日新宿の紀伊国屋書店の前を歩いていると面白い光景に出会った。香港人と思しき観光客グループが地図を片手にワイワイやっている向こうから、一見して日本在住とわかる西洋人の男性が歩いてくる。その横を自転車を押しながら、韓国人の女子大生風の2人連れが韓国語でおしゃべりをしながら通り過ぎる。それを見ながらつくづくと日本の光景が「変わった」と思った。しかもこうした光景が新宿だけではなく多くの場で見られるのだから。

 

これだけ変わってきてはいるのに最近政府が外国人政策、あるいは留学生政策に関して明確な方針を挙げたということはあまり聞かない。せいぜい短期就労の解禁案や看護師の問題、観光基本法の改定(観光立国推進基本法)くらいだ。もっと本腰を入れて議論して欲しいと思う。千葉に住む友人には、上海人の隣人がいる。「将来はオーストラリアに移住したいので、子供には今から英語を勉強させています」と言っているそうだ。私の伯父が長年おつきあいしていた元ベトナム難民の方は博士号取得後、日本で就職を希望していたが当時適わず、結局オーストラリアへ移住し大学教授になっているという。やる気のある優秀な人を居つかせない社会は日本人にとっても魅力のある社会なのだろうか。このテーマは日本の今後を考える上で非常に大きな意味を持つはずだ。もしかすると政府も、日本の数十年先のあるべき姿を考えることができないから議論がされないのかとすら思う。

 

観光立国推進基本法といえば、ビジット・ジャパンキャンペーンのあのロゴをよく見かける。「21世紀は観光の世紀だ」と学生時代の講義で聞いたが(当時は20世紀)、観光は非常に大きな可能性を持つし、また影響力を持っているビジネスだ。安部首相は、インドとの関係強化が経済上、安全保障政策上も重要との観点から円借款を400億円行うことを決め、日本とインドの交流人口を2010年には30万人、2015年には50万人にする目標に、査証手続きの簡素化をするそうだ。その一環で文化・芸能分野での交流として、和太鼓、雅楽、落語などの伝統芸能の公演をニューデリーで行うことを決めた。なぜまたもや伝統芸能なのだろう。インドで落語!?

 

伝統芸能の素晴らしさと影響力は否定しないが、今のインドの人たちが知りたい、あるいは触れたい日本の姿なのだろうか?マンガだけが日本の現代文化の伝道師とは思わないが、もう少し柔らかい発想で考えて欲しい。(私自身は落語好きだが)今流行の作家の翻訳を増やしてもいいだろうし、テレビやラジオの放送枠を買い取って日本キャンペーンの仕掛けを作っても良いだろう。それこそ韓流ではないが、日本のドラマを流しても良いのではないか。先週シンガポールに行った時、韓国への旅行を呼びかけるキャンペーンCMを見た。正に韓流スターのオンパレードといった趣のもの、それから今の韓国を前面に出したものの2つで、韓流スター出演の方を見て韓国への理解が深まるかは謎だが、意気込みとユーモアは感じられた。それに引き換え日本のキャンペーンは・・・。「本当に日本をアピールする気があるの?」と腹を立てていたところに面白い記事を発見した。

 

「熱帯フルーツ輸入急増 若い女性に人気 参入希望国も続々」(読売新聞8月14日夕刊)海外旅行で熱帯フルーツを味わった若い女性がブームに火をつけたのが発端となり、今では世代や性別に関係なく人気があるというものだ。2006年の輸入額が約49億円、パパイアは12億円と大きな市場となっている。「マンゴープリン」だけを見ても、2006年の市場規模が25億円、去年のインド産マンゴーの輸入量9トンが今年は52トンと約6倍にまで拡大している。これに目をつけて商社が害虫の処理技術に関しての技術支援に乗り出し、輸出解禁を求めている国が12カ国にもなっているという。

 

旅行業界や雑誌などによる後押しがあったとしても、国策による堅苦しい文化交流よりもっと素直な発見と喜びがブームに繋がった例はないか。10年以上前、香港に旅行した友人がマンゴープリンがどれだけおいしいものか、わざわざはがきを送ってくれたことを思い出す。韓流ブームも、「いい年をしたおばさんがみっともない」など批判は色々あったが、あれほどの人が韓国語を学び始めて韓国に旅行した例がこれまでにあっただろうか。ブームが一時的なものにせよ、そこで得られたプラスの面を次の展開や、真の理解につなげる役割を担う人が必要だろう。それは国の場合もあるかもしれない。でもできることならその役割は自由な個人やSGRAに参加する意欲のある皆さんが積極的に行ってほしいと勝手に思っている。

 

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<太田美行(おおた・みゆき)☆Ota Miyuki>
1973年東京都出身。中央大学大学院 総合政策研究科修士課程修了。シンクタンク、日本語教育、流通業を経て現在都内にある経営・事業戦略コンサルティング会社に勤務。著作に「多文化社会に向けたハードとソフトの動き」桂木隆夫(編)『ことばと共生』第8章(三元社)2003年。
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