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エッセイ056:アブリズ・イミテ「ウルムチの冬は」

ご存知かもしれませんが、中国の一番北西にシルクロードの主な舞台である新疆ウイグル自治区という広い地域があります。ここには面積が世界第二のタクラマカン砂漠、世界第二に標高が低い(海抜-154m)所と世界第二の高峰(K2峰:8766m)があります。

 

自冶区の区都ウルムチ市はユーラシア大陸の中心地で、全ての方向の海岸線から2400km以上離れていて、世界で最も海から遠い町と言われています。近年は人口が急増し、予想外に近代化されて、とても砂漠に続く地とは、思えないように変様しました。

 

冬の気温が氷点下の所で生活した体験がない方にはとても想像できないかも知れませんが、毎年12月から翌年の2月までウルムチの気温は氷点下20℃ぐらいで、最低氷点下28℃の記録もあります。近年は地球温暖化の影響もありまして、特に今年の冬は暖かくて、最低気温は氷点下18℃までしか下がらなかったし、そのような厳冬の日も多くはありませんでした。その代わりに旧年の11月から今年の3月まで、まるで日本の梅雨のようにずっと霧の日々が続き、青空を眺めることはまったくできませんでした。

 

ウルムチの冬は長く、10月中旬から翌年の4月中旬まで約6ヶ月間地域暖房熱が供給されます。この間大量の石炭を使うため、暖房設備のボイラーから煙塵や、二酸化硫黄などの汚染物質が排出されますが、霧が多いと空気中の汚染物質が分解も拡散もできなくなります。今年1月10日前後の数日間、連続で大気の汚染度が「重度」となり、国内だけでなく外国の新聞などにも載り、大きな話題となりました。つまり冬季のウルムチ市は、全国で最も大気が汚染された都市の一つということになっています。私が住んでいる高層住宅でも、朝窓を開けると変な臭いがするほどでした。少しでも雪が降れば空気中のほこりが少なくなり、空は洗われたように真っ青になりますが、今年の冬は雪もあまり降りませんでした。

 

80年代までは、市内の大部分が社宅で、会社、学校や政府機関などが個別暖房熱供給システムを備えていました。個別暖房の場合、熱効率が低い、エネルギーの使用量が多い、環境保全性が悪いなどの問題が存在するため、当時は、真っ白の雪が降ると次の日は真っ黒に変わりました。そのときウルムチに訪ねた外国人が「ここでは黒い雪が降るんですか」と聞いたと言う話もあります。冬になると空を飛んでいる鳥の色も黒くなってしまったのです。

 

90年代に入ってからウルムチ市政府は環境改善のために新しく「熱力会社」を設置し地域暖房熱供給システムを作り、稼動率が低い小型ボイラーの設置を禁止し、省エネルギー、環境保全性を目ざした「青空を取り戻す」計画を執行し、汚染物を大幅に削減するために努力しました。

 

1998年3月からウルムチ市の大気汚染に関する週間報告が発表されるようになり、市民が空気の汚染状況を知ることができるようになりました。その後の統計によると、冬季はTSP(総浮遊粒子量)、SOXとNOXなどの汚染物が中国の環境基準値を1-2倍超えていることが分かりました。

 

ウルムチ市の大気汚染の、季節による変化は非常に大きいです。毎年11月から翌年の5月までは大気が汚染されている時期で、特に12月から翌年2月までの3ヶ月間は大気汚染が最も酷くなります。6月から10月までの間は大気汚染が少なく、空気の質が非常に良い時期です。特に7から9月までは旅行に最適な期間で、外国人を含めて多くの観光客が訪ねきます。

 

近年、再び冬の大気汚染が酷くなっている原因としては:①熱力会社は経費を削減するために、硫黄分の高い、質の悪い石炭を使用している、②人口が急増しているため、開発業者が地理条件などを配慮しないで高層ビルを建てている、③郊外の工場などから出る煙と自動車の排気ガス等が考えられます。

 

ウルムチ市政府は問題を放置しているわけではありません。環境改善のために排ガスの基準を設けたり、暖房設備や工場には汚染物質排出の軽減を義務付けたり、汚染物を排気する大型工場などを郊外から撤退することと自動車の排気ガスを規制するなどの対策を採っています。

 

新疆ウイグル自冶区は石炭と天然ガス資源が非常に豊富です。天然ガスのパイブラインは上海まで届いていますが、その値段は上海市よりもウルムチ市のほうが高いので、暖房熱供給に使う石炭の代わりに天然ガスを使うことは近い内には不可能だと思います。

 

人間は安静時でも一日約10m3、重量で約12kgの空気を肺に取り込み、食物 (0.6kg、乾燥量)や水分(約2~3kg)と比べても多いので、大気汚染は市民にとても関心のある問題の一つとなり、大気汚染を減少させることが求められています。

 

近年、ウルムチ市政府は環境保護に大量の投資を行い、大気汚染を減少させるために多くの研究が行われています。私の研究室でも日本で身につけた知識を活かしてSOxとNOxなど汚染物の新しい測定法について研究を行っています。近いうちに、冬の厳冬の日でも青空を眺めることができるようにと心から願っています。そうなれば、ウルムチの近くに新しくできた「国際スキー場」にも観光客がいっぱい集められるようになり、冬でも夏と同じようにぎやかになると思います。

 

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Abliz Yimit ☆ アブリズ・イミテ
2002年度渥美奨学生、工学博士、(現)新疆大学化学化工学院 教授。
1996年4月新疆ウイグル自冶区政府派遣で来日、明星大学理工学部客員研究員、1998年4月横浜国立大学大学院に入学し、高感度光導波路による化学センサに関する研究を行い、2003年3月工学博士号を取得。2003年4月~2004年3月、横浜国立大学環境情報研究院「博士研究員」。2004年5月新疆大学助教授、2006年11月から新疆大学教授。
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