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エッセイ055:陳 姿菁 「台湾の清明節」

台湾の重要な節句の一つ清明節は4月にあり、今年(2007)は木曜日にあたります。近年週休2日制(土日は休み)となったので、多くの企業は金曜日を休みにし(次の週の土曜を振替出勤にする)3連休となったのです。清明節は、掃墓節とも言われ、日本でいうお彼岸と同じで、皆でそろってお墓参りにいって先祖を祭ります。ただ台湾は春のお彼岸(清明節)しかなく、秋にはありません。以前、4月4日は子どもの日であり、4月5日は蒋介石総統が1975年に亡くなったことから、蒋介石の墓参りと祖先の墓参りを同時に行えるようにと政府は新暦の4月5日に清明節としたのです。学校では、数年前まで、子どもの日と清明節にあわせ、一週間ほどの「春假(春休み)」という長い休みがありました。しかし、近年、多くの学校は春休みという習慣をなくしたのです。

 

台湾のお墓参りは日本の習慣と異なります。昔、台湾は土葬の習慣がありました。台湾人は亡くなった人の墓地の「風水」の良し悪しによって、後代の子孫に影響を及ぼすと信じており、先祖の墓地を慎重に選ぶ習慣があります。理想な墓地、すなわち「風水」のよい墓地は、日当たりのいい、水分の多い場所だと言われています。しかも、日本の「××家」のように、家族は同じ墓地に入るのではなく、台湾のお墓は一個人が一つ持っていています。その上、よい「風水」の条件を満たすところは大体郊外にあるので、とくに自然のいいところや高台や海の見えるところに墓地が集まっていて、お墓参りは一日つぶしての大行事です。しかし、最近は土地が狭くなることから、土葬の代わりに火葬になりつつあり、納骨堂も一般的になってきています。

 

お墓参りに持っていく供え物は家々によって異なりますが、お菓子、果物、花などは共通しています。そのほか、お線香、蝋燭、「金紙」(台湾語。北京語で「紙銭」という)という焚き紙銭を焼いて祖先を供養するのです。

 

土葬の場合、先祖を供養する前に、まずお墓を掃除します。それは北京語のお墓参り「掃墓」の由来でもあります。一年一回ですので、お墓はかなり雑草が生えていたりします。それを機に家族が協力してお墓をきれいにします。暑い日に当たったら、汗ばむ重労働になります。しかし、最近、専門の人に頼む傾向が強くなり、本当の「掃墓」は形式になりつつあります。掃除を終えたら、「墓碑」の前の蝋燭に火をつけ、用意した食べ物を供え、お参りに行く人たちはお線香を持ち、祖先にお参りに来た旨を告げます。それから、焚き紙銭を焼きます。最後に、黄色の細長いやや薄めの「紙銭」と似た材質の紙をお墓の小さな盛り土の上に載せて小石で押さえます。これをす ることで子孫である自分たちがお墓参りに来たことを示すことができるそうです。

 

先祖一人一人へのお参りが終わったら、家に帰って食事をします。台湾の南部では「潤餅」(台湾語。北京語なら「春巻」に当たる)という揚げていない春巻きを食べる習慣があります。「潤餅」が生春巻きとも異なるのは、皮と中身にあります。「潤餅」の皮は蒸し焼きにしたもので、生春巻きほど湿っていません。中身はもやしやゆでたキャベツ、千切りした瓜、干した豆腐、豚肉、人参の千切りなど家庭によって多少違いますが、味付けはピーナッツパウダーと粉砂糖で台湾の北部も南部も同じです。今は、市場に行けば、年中売っている屋台が見つかります。

 

このように由緒のある一大行事の節句ですが、休みの少ない台湾だからなのか、お墓参りというより、近年、連休の「喜び」のほうが強いのではないかと印象に残りました。年配の方はまだ「お墓参りに行く」という意識が強いかもしれませんが、若者の間では果たしてどれぐらい先祖を偲んでお墓参りに行くのでしょうか。風の助力で紙銭の燃えかすが舞い上がる風景、忙しく行き来する人の群れ、そして高速道路でちっとも動かない大渋滞の状況を見てふと思ったのです。どれぐらいの人が誠心誠意でお参りにきているのだろうか、習慣に従わなければならないから仕方がなく来ている人たちはどれぐらいいるのだろうか、また若者はこの節句をどのように思っているのだろうかと考えを巡らせました。

 

周りの話を聞けば、「先祖を偲ぶ季節になりましたな」というのではなく、「連休だね、どこかへ出かける?」という話のほうが多いような気がします。唐詩では「清明時節雨紛紛、路上行人欲断魂(清明の時節は雨紛紛、路上の行人は魂を断たんと欲す。)」という清明節の風景を描く有名な節があります。清明節のときには確かに雨ばかり降っていました。行き来する人達はその雨から先祖のことを連想し、悲しくなるのでしょうか。先祖を大事にしてきた習慣も時代とともにその意味が薄くなってきており、形式ばったものになったような気がしてなりませんでした。これから先、土葬とお墓参りがなくなり、すべて納骨堂になったら、「掃墓」という言葉を写真で説明しなければならない時代を迎えなければならないのでしょう。

 

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陳姿菁(ちん・しせい ☆ Chen Tzuching)

台湾出身。お茶ノ水女子大学より博士号を取得。専門は談話分析、日本語教育。現在は台湾大学の兼任として勤めている。SGRA研究員。

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