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エッセイ053:羅 仁淑 「4月が待ち遠しかった妻たち」

離婚を考える日本の妻たちはこの4月が待ち遠しかっただろう。結婚経験のない者が離婚を論じること自体場違いかもしれない。いや経験がないからこそ客観的に述べられるのかもしれない。

 

離婚件数、有配偶離婚率(有配偶人口千人当り)、離婚率(人口千人当り)、どれを見ても強い増加傾向にある。戦後の離婚率は90年代前半まで0.7~1.6と低かった。しかし、その後急速に増加しはじめ、2000年にはとうとう2を超え2.1を記録し、2001年には2.27、2002年には2.30と右上がりに増加している(厚労省「人口動態統計」参照)。その中でも熟年離婚(結婚20年以上、あるいは養育を終えた後の離婚)の増加が目立つ。たとえば離婚件数から見た2001年の対前年比増加率は結婚10年~15年が5.9%、15年~20年が4.2%、20年~25年が7.3%、25年~30年が1.3%、30年~35年が10.3%、35年以上が7.7%である(厚労省「人口動態統計」参照)。このデータは熟年離婚率が高いことを示しているだけでなく、結婚25年~30年で一旦低くなり、30年~35年で爆発的に高くなる面白い現象を見せている。何を意味しているのか。結婚期間30年~35年の場合、仮に25歳で結婚したとすると、30年で55歳、35年で60歳となり、日本の定年年齢と一致する。つまり夫の定年退職を待ってそれを機に離婚を切り出す妻が多いということではないだろうか。

 

離婚率の話に戻そう。離婚率は2002年(2.30)をピークに一変し、2003年には2.25、2004年には2.15、2005年には2.08、2006年には2.04と急激に減少の一途を辿る。トレンドから予想できる増加率に減少した分を合わせるとその減少率はかなり大きい。婚姻期間別の離婚率を集計してみれば、この間の熟年離婚率の減少率はさらに高くなるはずだ。めでたく実際の離婚率が減ったのか?否であろう。結論を先取りすれば、厚生年金や共済年金の離婚時年金分割制度の実施後に離婚を延ばしたと見てよかろう。

 

分割制度を導入する方向が定まったのは2002年11月9日、厚生労働大臣の諮問機関である「女性のライフスタイルの変化等に対応した年金の在り方に関する検討会」においてであり、同年12月厚労省が発表した「年金改革の骨格に関する方向性と論点」には年金分割が改正項目に挙がっている。分割の方針が決まるまで右上がりで伸び続けていた熟年離婚が、方針が決まると同時に反転したことから、離婚が改正年金法の施行以後に延ばされたという結論は容易にみえてくる。

 

2004年2月10日閣議決定され、同年6月5日参議院で可決成立した(2007年4月1日施行)離婚時年金分割制度の内容は、①2007年4月1日以後成立した離婚が対象であり、②厚生年金や共済年金の報酬比例部分に限定し、③婚姻期間の保険料納付記録を半分まで分割でき、④将来自分が厚生年金や共済年金の受給資格が得られる年齢から受給でき、⑤分割を行った元配偶者が死亡し場合においても影響を受けない。

 

共働き期間については夫婦の年金の差額が分割対象になるため妻の収入が高ければ逆に夫に分割しなければならなくなる可能性はあるものの、夫が平均的収入(平均標準報酬36万円)で40年間就業し、妻がその期間全て専業主婦であった場合、夫の報酬比例年金100,576円(2006年度基準)の半分が分割できるようになったのは事実である。仮に老後の生活資金が不安で離婚を躊躇している妻の場合、自前の老齢基礎年金(被保険者期間40年で66,008円)のほかに夫の報酬比例年金の半分が受給できるようになったことは、離婚に踏み切るエネルギーになるかもしれない。

 

男性の立場はどうか。家庭を顧みず、いわゆる「仕事人間」として生きてきた男性の方が熟年離婚に遭遇する場合が多いらしい。家族のため仕事一辺倒の人生を生きてきて、働けなくなった途端に職と家庭を同時に失う、とくに長い間目標を一つにしてきたもっとも信頼できる人からの背信に虚脱感は大きいだろう。離婚にはかなりのエネルギーが必要だとよく聞くが、自分の退職金や年金が妻の離婚エネルギーと化するとは何とも皮肉な話だ。また、前の奥さんとの婚姻期間分年金額が少なくなるため、再婚(相手が初婚の場合)を考える場合にはとりわけ不都合だ。離婚にはさまざまな原因と理由があるだろうが、「使い捨て」感が濃厚な熟年離婚より相手が再起可能な早い時期にできないものか、我慢してきたのならもう少し我慢できないものか、と経験のない私は思うのだが。

 

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羅 仁淑(ら・いんすく)博士(経済学)。SGRA研究員。
専門分野は社会保障・社会政策・社会福祉。
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