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エッセイ049:張 紹敏 「アイ リメンバー」

あまり有名な曲ではないかもしれませんが、ピアノを習い始めて2年になる娘が、最近よく弾いているフィリップ・ケバレンの作品です。私にとっては初めて聞く曲でした。3月は日本の「年度」が終わる時期ですが、この1年の間に起きたたくさんの出来事の中には、心に響くことがたくさんありました。移り変わりの激しい世の中で、人々にいつまでも覚えていてもらうのは簡単な事ではありませんが、人々に常に思い出してもらうのは更に難しいことだと思います。

 

私が「日本のお父さんとお母さん」と呼んでいる友人とは、ほぼ二十年間の結びつきでした。お母さんは大変厳しく、時にはきつい言葉を言われたこともありましたが、実はとても心が優しい人でした。私が日本に住んでいた時には、まるで実家のように感じて、静岡にある小さな海辺の町に、ほぼ毎週末、東京から通っていました。私のことを息子と思ってくれていたし、私は息子としての責任も感じていました。お母さんはいつも料理の材料を準備して待っていて、私が到着すると、お母さんといっしょに中華や日本料理を作って、洋間で、皆で楽しくご馳走を食べながらいろいろとおしゃべりをしたものでした。そんな週末のことを、今でも昨日のことのように思い出します。異なっていることは異なっていることとしてそのまま受け入れて、そして理解することが大事です。日本人や中国人の立場ではなく、ひとりひとりの人間として接するのです。昨年の12月、私の日本のお母さんは80歳で亡くなりました。

 

昨年の8月、タイガー・ウッズが全米プロゴルフトーナメントで、7月の全英オープン選手権に続いて、メジャー通算12勝目を飾った時のことを思い出しました。アメリカと同様日本の新聞も大きく報道しましたが、よく読むと大変興味深い違いがありました。日本ではタイガーは快勝して大賞を獲得したことを中心に報道していましたが、アメリカでは「No Tears No Sweat」と、タイガーが、数月前に父親を亡くした悲しみから立ち上がったということを大きく報道しました。涙もない、汗もない、タイガーの実力で勝ちとったのだという気持ちを表現していたことが忘れられません。

 

先週、ワシントンポスト紙は、安倍総理大臣の人権問題への対応は「二枚舌」だとする表題の社説を掲載し、安倍総理大臣が拉致問題で国際社会の支持を得ようとするのなら、従軍慰安婦問題に対して謝罪すべきだと批判しました。これに対して、安倍総理大臣は拉致と慰安婦は別問題だと国会で答弁したということです。日本のマスコミは総理の答弁を大きく報道しましたが、従軍慰安婦問題について「総理大臣としてお詫びする」と述べたことはほとんど報道しませんでした。一方、「日本の総理大臣が従軍慰安婦に対してお詫びした」という表題のニュースがCNNとBBCでは大きく放送されました。

 

なぜ日本のマスコミは総理がお詫びしたと報道しなかったのでしょう。お詫びの是非はともかく、なぜお詫びをしたという事実まで隠そうとするのでしょう。なぜ「日本人としての日本」と「日本国としての日本」が違うのでしょう。なぜ60年間もそのままにしておきたいのでしょう。この問題の解決を、いつまでも、次の世代までも、引き伸ばしたくはないでしょう?

 

「アイ・リメンバー」。 娘がピアノで弾いた曲を録音したCDで聞いていると、誰かにそんな質問をしてみたくなります。

 

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張 紹敏(ちょう・しょうみん Zhang Shaomin)
中国の河南医学院卒業後、小児科と病理学科の医師として働き、1990年来日。3年間生物医学関連会社の研究員を経て、1998年に東京大学より医学博士号を取得。米国エール大学医学部眼科研究員を経て、ペンシルベニア州立大学医学部神経と行動学科の助理教授に異動。脳と目の網膜の発生や病気について研究中。失明や痴呆を無くすために多忙な日々を送っている。学会や親友との再会を目的に日本を訪れるのは2年1回程度。