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エッセイ040:臧 俐 「中国語教室のみなさん」

わたしが中国語教室で教え始めてもう12年になる。中国語を学ばれるのは、中国語を専攻する大学の学生さんたちではなく、また仕事関係で必要だからと勉強に来る人たちが中心でもない。定年退職後の第二の人生を歩んでいる方々、あるいは同年輩の女性の方々がほとんどである。最高齢の方は80歳代の後半である。このように高齢の方々ではあるが、みなさんそれぞれしっかりと目標を持って、懸命に中国語を勉強されている。

 

最初の頃、みなさんが何のために勉強されているのかさほど気にとめなかった。しかし、長い歳月のうちに、わたしはみなさんが実にいろいろ有意義な目標を持っていて、その実現に辛抱強く努力されているのに気づいた。例えば、15歳まで中国の上海に住んでいたので中国のことが懐かしく中国の人と中国語で文通したいと言う方もいれば、中国旅行はツアーではなく、各種手続きを自分で直接中国語を使って行い、一人で中国へ行きたいと言う方もいる。ツアーの旅行でも買物する時の交渉を中国語で直接にやりたいと願っている方もいる。今の日本には旅行会社が準備した周到なサービスがあると知りながらも、自らの中国語で中国人に接して交流したいというお気持ちにわたしは感激した。また、中には中国の古典や漢詩などを読むにしても、翻訳版ではなく原文で、しかも中国語の発音で朗読したいと打ち明けてくれる方もいる。世の中に翻訳版が氾濫するほど多い今日、原文を忠実に訳してくれた翻訳版が必ず見つかると思えるのに、敢えて原文で読みたいお気持ちとお志に対して尊敬する気持ちでいっぱいである。さらに、中華料理が好きで、自分の足で中国各地を回って、本場の中華料理を味わい、その作り方を勉強してきたいという努力家の方もいる。それぞれなんと立派な目標であろう。

 

このように、みなさん実に多彩で有意義な目標を持って中国語教室に通っている。そしてその実現のために忍耐強く努力されている。人生の充実した後半期または何十年も仕事をした後の定年退職後にあるみなさんは、本来ならばやっとゆっくり休める時期でもあるのに、敢えて自らに「勉強」を課してまだ人生のマラソンを走り続けることを選択しているのである。そして、12年間(わたしが教え始めて以降)も努力し続けてきたのである。これは決して誰もができる簡単なことではないと思う。

 

一方、今日の日本社会には、将来への目標を持たず、意欲がなく、終日、家にごろごろして閉じこもり、いい年をして親に養ってもらう若者が増えつつある。いわゆるニート問題である。わたしはかつて何人かの若い女性に、将来何になりたいか、何をしたいかと聞いたことがある。戻ってきた答えは金持ちの男に嫁いで食べさせてもらいたいということであった。また、ある放送局による渋谷街頭のインタビューを聞いて仰天したことがある。「毛澤東」を知っているかという質問に、「えっ、『けざわひがし』って誰?」と、派手に装っている若者が平気でげらげら笑いながら答えていた。さらに、電車の中では、優先席の前にお年寄りが立っていても席を譲らないで平気な若者もいれば、他人の迷惑も考えずに堂々と鏡と化粧品を出して、まるで自分の家でのように化粧している女の子もいる。片方では中国語教室のみなさんのように努力している高齢の方々がいることを思うと、わたしは叫びたくなる、「若者たちよ、もっと自分のおじいさんたちとおばあさんたちに学んで、何らかの目標を持ち努力することができないのか!」と。もちろん、日本のすべての若者がこうだと言っているわけではない。一生懸命に努力している若者は大勢いる。しかし、増えつつある一部のこのような種類の若者を見ると、日本のことが好きな一外国人にとっては、寂しく残念な気持ちになる。かつて映画「おしん」の主人公が与えてくれた辛抱強く努力する日本人の印象が、偏見であるかもしれないが、今の若者たちから少しずつ消えていくような気がする。

 

わたしは、中国語教室のみなさんの努力し続ける精神力と行動力にかつての日本人の精神がなお強く残っていることを感じる。中国語教室ではわたしが先生であるとはいうものの、本当はわたしは学生である。中国語教室のみなさんの、年齢に負けず自らの人生目標を持ち続け、尚且つ努力し続ける品位ある精神力と行動力が、わたしに多くの感動を与えてくれて、多くのことを考えさせてくれた。また、無言のうちにわたしに大きく影響を与えてくれて、わたしが日本の大学院で勉強や研究に努力し続ける心の支えとなってくれたのである。特に、辛い論文作成時を乗り越えることができたのも、みなさんのおかげである。このようなみなさんと12年間を共にすることができ、みなさんから多くのお教えをいただいたことを生涯の誇りに思っている。

 

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臧 俐 (ぞう・り ☆ Zang Li) 博士(教育学)。専門分野は教師教育・教育政策。中国四川外国語学院(大学)を卒業。四川外国語学院日本語学部で11年間専任講師を経て来日。千葉大学で修士(教育学)を経て、2006年に東京学芸大学より博士号を取得。
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