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エッセイ039:範 建亭 「続・中国の大学教育の現場から」

前回、私が勤めている大学の様子を述べたが、言い切れなかったことが多くあるので、今回も引き続き中国における大学教育の様子を紹介したい。

 

改革開放が実施されてからこの30年近くの間に、中国は市場経済を導入して高度成長を遂げてきた。その過程で、経済体制が激変し、最大の難関とされていた国有企業さえも市場原理に従って改革された。また、経済のみならず、社会のあらゆる側面が大きく変貌した。しかし、中国の教育体制には計画経済時代の面影が色濃く残されており、構造改革が立ち遅れているところが目立っている。本学のように、普段から上級管理部門の検査が多いのは大学だけではない。報道によると、昨年末に上海の中学校や高校さえも20数回の検査を受けたという。

 

中国の大学の運営体制や組織を見ると、計画経済体制や国有企業を思わせるところが少なくない。たとえば、大学には共産党の委員会、組織部(党の人事部)、共青団(共産主義青年団)委員会、婦人委員会などの政党関連の部門が設置されているほかに、外事処、監査処、武装部などの部門もある。一部の組織部門は有名無実化しているが、このような組織体制は改革以前とそれほど変わっていない。こうした組織が置かれている理由の一つは、政府の管理部門に対応しているからである。つまり、大学は政府に直接管理されているため、組織自体も似たようなものにしなければならないのだ。こうして、政府からの管理が行いやすくなり、検査も多くなる。

 

ここまで読むと、中国の教育体制が非常に遅れていると思われるのであろう。しかし、日本の大学に比べて、中国の教育システムには感心させるところも少なくない。最も異なる点の一つは、中国の大学では成果主義が徹底的に実施されていることだ。前回説明したとおり、本学では、学部教育のレベル評価を受けるため、われわれ教員に多くの事務的な仕事が求められた。私も以前行った2千人分のテスト資料を整理しなければならなかった。だが、それでも文句は言えない。なぜならば、その人数分に応じた給与をすでにもらったからである。

 

中国の大学では、教員の主な収入は業績によるもので、その業績は細かな得点制になっている。一つは教育に関するものであり、担当講座数、受講生の数等で評価され、もう一つは研究に関するもので、著書、論文の数によって評価される。業績の評価システムは複雑で不備なところも少なくないが、評価の結果はボーナスに反映されるから、結局各教員の総収入は年功序列とはあまり関係なく、個人の能力と努力に応じている。つまり、教えている学生の頭数が多ければ、または書いた論文の数が多ければ給料も多くなるということだ。

 

さらに、個人の業績はその職階にも関連している。基本給のほかに、助教授や教授の職階に応じて一定のボーナスが支給されるが、助教授や教授になるには一定の研究成果が必要となっており、年齢とは無関係である。また、助教授や教授は基本的に5年程度の契約制となっており、その5年間に業績が上がらなければクビにはならないものの、ボーナスが減給される。こうして、中国の大学では、私のような新米の先生が多く「稼げる」ことは可能であり、また私より若い先生がすでに教授へと昇進し、または多くの給料をもらっていることもよくある話である。

 

他方、教育の方法や学生の勉強意欲などについても、日中の格差は大きい。中国の大学生は勉強には非常に熱心で、また成績にこだわる傾向が強いので、真面目に教えないといけない。というのは、期末に学生が各教師の授業内容、方法と効果などに点数を付けるから、低い評価を受けると将来の昇進にも影響が出るからだ。私は日本で授業をしたことはなかったが、十数年の留学経験からいうと、中国の大学の先生は日本に比べてプレッシャーがより強いと思う。

 

そして、大学の風景についてもやはり日中両国が大きく異なる。中国の大学生は全員キャンパス内あるいは大学周辺の学生寮に住んでいるため、食堂や浴室のような生活施設が学内に多く設置されている。また、学生は殆どアルバイトをしていないので、日本に比べて学校内はいつも賑やかで活気が感じられる。本学のキャンパスは小さいので、夏になると、髪の毛が濡れている女子大生が洗面入浴道具を持って、スリッパで歩いている姿をよく見かける。

 

キャンパスの大半は学生に「占領」されているため、教員のほとんどは個人用の研究室がない状態である。若い先生だけではなく、偉い教授さえも個室がない。あるのは、各「係」(グループ)ごとに分けられた共用研究室のみ。研究は自宅ですればいいけれども、学生への指導はとても不便になる。この点についていえば、中国の大学には日本のようなゼミ制度がなく、学生に対する指導もそれほど多くない。ゼミがないことはとても残念である。日本での大学生活を振り返ってみると、やはりゼミの時間が一番多く学ぶ機会にあふれていたと思うのは私だけではないだろう。

 

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範建亭(はん・けんてい☆Fan Jianting)
2003年一橋大学経済学研究科より博士号を取得。現在、上海財経大学国際工商管理学院助教授。 SGRA研究員。専門分野は産業経済、国際経済。2004年に「中国の産業発展と国際分業」を風行社から出版。
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