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エッセイ037:葉 文昌 「ローマは一日にしてならず」

学会発表でローマに行った。台北からは直行便がなく、香港―イギリス経由か、バンコク経由しかなかった。今回は台北から東京までのチケットを台湾で買い、東京からローマまでの直行便チケットを日本で買った。その結果総価格は東京経由の方が5%ほど安く、時間も往復合わせて14時間節約できた。このグローバル競争の時代に台湾の旅行会社は生き残ることができるか心配である。

 

東京から13時間、飛行機はローマフェミチオ空港に着陸した。空港からレオナルドエクスプレスに乗って30分でローマ市のテルミニ駅についた。駅からでるとそこではタクシーの運転手が客引きをしていた。馴染みのある光景だ。そう、台湾の駅もこうだった。こういうのはぼったくられる危険性があるので、ながしのタクシーを呼んでホテルまで乗せてもらった。窓から見る町並みには感動した。ローマを見てしまうと台湾の誇りである総統府などの石造建築物がくすんで見えてしまう。しかも道路はすべて石畳だ。「ローマは一日にしてならず」とはこういうことか、と納得した。

 

市内の移動には地下鉄を利用した。自動券売機は1)値段を押す、2)コイン投入、3)つり銭が出てくる、4)チケットが出てくる、の4段階から構成される(1と2の順番は日本とは逆で、アメリカと同じである)。この1ステップ1ステップの無駄時間がとても長い。台湾の自動券売機の遅さには辟易していたが、イタリアは意外にも台湾を上回っていたようだ。また夕方のラッシュアワーに利用したのであるが、混雑の具合は東京とさほど変らなかった。日本の新聞で、通勤電車のゆとりのなさが度々議論されていたので、ヨーロッパの電車はさぞかしや、席でエスプレッソを啜りながらのゆとり通勤かと思っていたのだが、のぞいてみたらさほど変らなかった。サラリーマン庶民は世界中どこに行っても大変なようである。ローマの地下鉄やバスはスリが多発しており、特にスーツ姿の人には水面下でスリがゾンビの如く群がってくるようなので、乗車時は常に五感を駆使して臨んだ。今回の学会でも研究者の中に餌食に遭った人が出た。スーツのポケットに財布を入れていて、「取られている!」と気づいた時には、時すでに遅し。見回しても誰が手を入れたか全くわからない状態だったと言う。

 

学会はローマ到着の翌々日から始まった。開始15分前には会場に着いたのであるが、登録は30分位列に並んでやっとできた。この状態なので、学会は50分遅れで開始される始末だった。学会慣れしてない中国での惨状は聞いていたが、そのようなことがこの一日にしてならずのローマで起こるとは意外であった。その日の夜には晩餐会があった。サンピエトロ大聖堂とサンタンジェロ城が見渡せる高級ホテルのレストランが会場として利用された。心はLOHASに切り替える必要がありそうだ。夜7時半開始のはずが何故か会場には入れず、50名以上の参加者がホテルの外で寒い中、訳も知らされずに待たされ、30分程経ってやっと中に入れた。しかし安堵するもつかの間、レストランは屋上にあり、訳もなく遅いエレベータの前に列をなして待たされる羽目となった。10分ほど待ったか、やっと自分の番が来て乗り込めたものの、エレベータは私たちを乗せたまま6階でフリーズしてしまったのである。中はパニックとまでは行かないものの子供連れのお母さんもいて大慌てだった。幸い数分後には再起動して1階に下がって開いたが、怖くて誰も乗らない。それで老若男女一行は続々と階段を駆け上ってヨーロッパの天井の高いビルの6階に辿りついたのである。これはあまりの滑稽さに笑ってしまった。

 

相当苦労して席に着いたので、これで美味さもひとしおだろうと思ったがとんでもない、料理がなかなか来ない。ひとつ出たとしても次までの時間が長いのである。後日欧州に長期滞在している日本人に「あの晩餐会は行ったか?」と聞いてみた。そうしたら「ヨーロッパの晩餐会はいつもあんな感じだから、最初から行くつもりなんてなかった」と。台湾はあまりにも時間にルーズなのでいかんと思っていたが、イタリアを見て少しは心が広くなった。それにしても、サービス自体がLOHASでいいのか?と言う気がした。

 

学会終了後、楽しみにしていたローマ観光をした。多くの観光地の道端には露天商がずらりと並んでいた。彼らは警察が来ると即座に畳んで隠れる。これも台湾でもよくみられる光景だ。これらの露天商の多くで偽ブランドが平然と売られている。台湾では、偽ブランドはこれほど大っぴらには売っていない。デザインが一大産業の家元がこの有様では他国に取り締まれと言えるのか疑問に思う。またこのような闇経済は税金を徴収できないし、製造も海外なので、放置すれば表産業の反淘汰に繋がって経済は沈静化してしまうし、それで生計を立てられるから闇人口も増えて治安は悪化する。

 

最後の二日間はバチカンを観光した。サンピエトロ大聖堂の豪華さには圧倒されるばかりだ。台湾では少し前、仏教の一宗派が台湾中部にすこぶる豪華な中台禅寺を建てたので、そのような資金があるなら貧しい人のために使うべきと物議を醸したが、バチカンのサンピエトロ大聖堂を見れば、台湾のものは「あんな程度なら」と思ってしまうほどなのである。日本にもあのような豪勢なお寺や神社はないが、これは庶民にとってみればむしろ幸いと思うべきことであろう。バチカン美術館にも入った。美術と歴史に造詣が少ないことは断っておくが、直感的に故宮と比べると、実に面白い。絵に限って言えば水墨画はモノクロで対象が単純な景色に限られるのに対し、西洋画は彩色である上、対象も景色から人物と広く、表現も自由で躍動感あふれているのである。

 

このような刺激に満ちた中で7日間を過ごした。断っておきたいことがある。台湾留学生が日本に行くとトイレットペーパーが台湾ほど柔らかくないことに気づく。それで、「日本のトイレ紙は質が悪く、故に日本は貧しい」となる。しかしそれは日本の場合は水の中で分解されるようにしているからであり、自身の快適さよりも衛生や環境のことを優先しているのである。台湾はそこまで思考が及んでいないので気づくわけがない。私の見たローマもあるいはこのような盲点があるかもしれないが、それはお許しいただきたい。

 

トレヴィの泉に後ろ向きにコインを投げるとローマを再訪できるそうだ。どうせコインはそこいらの浮浪者に集められるのだから投げなかったが、再訪は是非実現したいものだ。

 

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葉 文昌(よう・ぶんしょう ☆ Yeh Wenchuang)
SGRA「環境とエネルギー」研究チーム研究員。2000年に東京工業大学工学より博士号を取得。現在は国立台湾科技大学電子工学科の助理教授で、薄膜半導体デバイスについて研究をしている。研究や国際学会発表は自分に納得しているが、正論文の著作は怠っており、気にはしてはいないが昇進が遅れている。
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