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エッセイ034:今西淳子 「留学生数というものさし」

少し前のことですが、気になった文章がありました。

 

完全な比較にはならないが、昭和2年(1927年)の我国の文部省在外研究員の留学先の比率は次のとおりであった。
   イギリス 13.7%  60名
   アメリカ 7.3%  32名
   フランス 6.4%  28名
   ドイツ  44.2%  193名
   (総数 437名)
ここでの留学者は、官公立学校の教官に限られているが、留学先としてはドイツ一国で総数のほぼ半数を占めている。当時の我国の学会の評価を示しているというべきであろう。
これに対して私費留学が大半を占める現在(1998年~2000年度)の海外への日本の留学生の留学先は次のようである。
   (総数 78,000人)
   アメリカ    46,900人  60.1%
   中国      12,800人  16.4%
   韓国       2,000人   7.3%
   ドイツ      2,000人   2.6%
   オーストラリア  1,800人   2.3%
   フランス     1,300人   1.7%
僅か80年に満たない間にアメリカの割合は8倍になり、ドイツの割合は17分の1に激減している。(鹿島平和研究所「平成大不況を考える」2002年、p166-7)

 

以上は、文末に注としてつけられている部分ですが、本文で平泉渉会長は、「1920年代のドイツは、第一次大戦に敗北し、天文学的なインフレに苦しんだとはいえ、学術・文化の面では正に世界の中心であり続けた。(略)およそ学問のあらゆる分野でドイツの各大学は国際的な名声あふれる教授陣を持ち、そのキャンパスは全世界からの(略)留学生にわきかえっていた。第二次大戦後のドイツでは当時の盛況の片鱗も窺うことはできない。ナチスはドイツの偉大な文化と学術の伝統をすら、遂に断ち切ることに成功したのかもしれない」と語っています。

 

私が興味をひかれたのは、政治経済を語る論文で「国家の魅力」をはかる「ものさし」として、留学生数が使われていることでした。この文章を思いだしたのは、先日発表された統計で、日本で学ぶ留学生の数が減少したからです。日本学生支援機構のデータによると、2006年5月1日現在の日本の留学生数は対前年度3,885人減の117,927人でした。1983年から日本政府が進めてきた「留学生受入10万人計画」が、2003年に達成されて喜んだのもつかの間、留学生数は減少したのです。

 

私がさらに心配になったのは、アメリカで勉強している日本人留学生数も減少したことです。Open Doorが発表したデータによると、アメリカで勉強している留学生の出身国のトップ5は次のとおりです。(2006年)
  1.インド 76,503人(前年比 -4.9%)
  2.中国  62,582人(前年比 +0.1%)
  3.韓国  58,847人(前年比 +10.3%)
  4.日本  38,712人(前年比 -8.3%)
  5.カナダ 28,202人(前年比 +0.2%)
   (総数 564,766人)

 

2005年11月に留学生をテーマにしたSGRAフォーラムを行いましたが、基調講演で、一橋大学の横田雅弘教授は、「2年ぐらい前にもらった、オーストラリアが行った全世界の留学生数の予測によれば、2000年で190万人だったものが、2025年には700万人になるという数字でした。つい最近ドイツが最新の調査として発表したところによると、2004年に270万人になっているということなので、この計算でいくと20年後には実に700万人近くになるということになりましょう」と紹介されていますが、現在、全世界の留学生の数は劇的に増えています。その中で、最大の送り出し先であるアメリカへ行く日本人の留学生も、日本で受け入れている留学生も減っているのは、何かの警鐘なのではないでしょうか。

 

昨年6月に中国教育部が発表した中国の外国人留学生のデータが、日本の統計と比較して「アジアの友」(2006年7月号)に掲載されています。ここで紹介されている人民日報の記事によれば、2005年の中国における外国人留学生の数は、14.1万人あまりで、前年度に比べ27.28%増ということです。

 

         中国の留学生 日本の留学生
 アジア    106,840(75.7%)  114,300(93.8%)
 欧州      16,463(11.7%) 3,106(2.5%)
 北中南米    13,221(9.4%)  2,949(2.4%)
 アフリカ    2,757(2.0%)  957(0.8%)
 オセアニア   1,806(1.3%)    500(0.4%)
 合計     141,087(100.0%)  121,812(100.0%)

 

日本と違って、中国はアジアの国だけでなく、欧米をはじめ全世界からの留学生をかなりの割合で惹きつけていることがこの比較統計に表れています。以前にドイツ人の若者に、「キャリアアップのために、アジアの言葉を習いたいのだけど、中国語と日本語とどちらがいいだろう」と相談を持ちかけられたことを思い出しました。勿論、「日本政府奨学金もありますよ!」と言いましたが、そんな簡単に合格できるものでもありませんし、仕事をしてためた貯金を使ってキャリアアップのために1年間だけ留学して語学力をつけようという彼にとって、中国の留学の間口の方がはるかに広いということを説明せざるをえませんでした。ノルウェイの大学院から国際関係学で修
士号を得たコスタリカ人の若者は、日本の大学院の博士課程で憲法九条を学ぶために留学したいと思いましたが、日本語から始めて博士号を取得するには5年以上かかることに愕然としました。英語で研究できないか探してみましたが、結局、受け皿が見つかりませんでした。そういえば、一昔前、英語で日本経済を学びたければ、日本に留学せずにスタンフォードに行きなさいといわれていたという話も聞きました。日本に関心があるのに日本には留学できないのです。このようなことを日本の大学の方に話したら「そりゃ、日本語ができなければ日本研究はできませんよ」と言われますね。

 

アメリカ留学が減っている日本人でさえ、中国留学は増えているようです。2003年に中国で勉強していた日本人留学生は12,765人でしたが、2006年には18,874人で、3年間に約50%の増加となります。

 

現在のおおよその国別留学生数は次の通りです。
アメリカ    57万人
イギリス    28万人
ドイツ     18万人
フランス    18万人
オーストラリア 14万人
中国      14万人
日本      12万人
その他、シンガポールは、10年後に15万人、15年後に20万人という計画を発表しています。マレーシアは4万人計画、韓国は5万人計画を発表していますし、ニュージーランドは5年間で高等教育の予算を4倍にするという発表をしているということです。

 

今から80年後に「各大学はおよそ学問のあらゆる分野で国際的な名声あふれる教授陣を持ち、そのキャンパスは全世界からの留学生にわきかえ」っている国はあるのでしょうか。日本政府や大学は、そして私たちは、留学生数の減少を入国管理局の責任に転嫁せずに、全世界からの留学生をひきつけることのできる日本の魅力は何なのか、どうすればその魅力を世界の人々と分かち合えるのか、真剣に考えなければいけない崖っぷちに立たされているような気がしてなりません。

 

○リンク紹介
日本の留学生数:http://www.jasso.go.jp/statistics/intl_student/data05.html
アメリカの留学生数:http://opendoors.iienetwork.org/?p=89191
中国の留学生数:http://www.abk.or.jp/asia/pdf/20060713b.pdf

 

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今西淳子(いまにし・じゅんこ)
学習院大学文学部卒。コロンビア大学大学院美術史考古学学科修士。1994年に家族で設立した(財)渥美国際交流奨学財団に設立時から関わり、現在常務理事。留学生の経済的支援だけでなく、知日派外国人研究者のネットワークの構築を目指す。2000年に「関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)」を設立。また、1997年より子供のキャンプのグローバル組織であるCISV(国際こども村)の運営に参加し、日本国内だけでなく、アジア太平洋地域や国際でも活動中。
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