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エッセイ024:武 玉萍 「東北紀行」

今年の夏、3年ぶりに子供たちをつれて、故郷のチチハル(斉斉哈爾)に帰った。チチハル市は黒竜江省の中で第二の大都市であり、現在では黒竜江省西部の政治、経済、文化の中心である。市名は満族語で「天然の牧場」という意味で、市域には十数種の鶴が生息する有名な湿地ジャロン自然保護区があり、鶴城とも呼ばれている。せっかくのチャンスなので家族全員そろって、ジャロンに行ってきた。タンチョウは紅色の頭、前顔・喉・首・すらりと長い足、そしてスケーターのスカートのようにふわっとお尻を被う羽が黒で、残り全部が純白である。長い足で一直線にゆっくり歩む姿を、是非見てほしい。首・足を伸ばし飛ぶ姿は、白と黒のコントラストだ。澄んだ青空にツルの白は真に美しい。日本人の観光客も少なくない。地球全体の気候変動による降雨量の減少や、湿地周辺の開発によって水資源のバランスが崩れたことなどにより、ツルの生息地が減少していく傾向もあるという。自然の推移ともいえるが、人の手がこれを加速していることが問題なのだ。毎年秋になると、「焼荒」(来年いい土壌になるよう枯れ草を燃やすこと)という行事がある。よくコントロールしないと、火事になって湿地の面積が減っていく原因となり、ジャロンに渡ってくる鶴も減っているという。

 

ちょうど真夏だったので、昼間は33度前後の暑さだったが、夕方になると涼しくなった。夕食後人々が広場(運動器具や子供の遊具もそろっている)にダンスの練習やペットの散歩、将棋をするために集まって来る。ゆったり充実している生活の一面が窺える。実家のマンションの近くに自由市場がある。毎日の朝市場に行くのが楽しみだった。回りの県から新鮮な野菜、果物をトラックなどで運んで来る。(馬車を使う人もいて、子供たちが馬を見て大喜びだった。)買う人も近くに住んでいる住民たちで「もう少し安くしてくれないか?」という値段のやりとりも結構面白かった。けれども、8時までに片づけないと、出勤のラッシュアワーが来るので、朝早く起きて市内へ売りに来る人たちにとって、かなり慌ただしい毎日だ。ここからも城市と農村部の人々の生活パターンと収入の違いを窺うことができる。

 

親戚のおばさんは3年前に3LDKで一人暮らししていた。今回会いに行ったら、二つあまり使わない部屋を近くにあるチチハル大学の学生に貸し出して、大家さんになっていた。周りに空き部屋を持っている人はこうしてお金を儲けているそうだ。学生たちと話をして分かったのは家賃を実家からの仕送りではなく、自分でアルバイトして支払っている。十年前の私の大学生活を思い出すと、アルバイトをしたくてもその環境がなかったし、大学の寮があるから、一人で高い家賃を払って住むことなど考えもしなかった。人々の経済についての考え方や生活スタイルがこんなに早く変わったのだ。

 

行きと帰りはともに大連での乗換えだった。中国の他の地域とは違い、東北三省の住民は遼寧、吉林、黒龍江の各省の住民としてよりも「東北人」としての意識が高い。この原因は、この地区の独特な歴史、風俗習慣及び言語の一致、そして、河北省や山東省からの移民が関係している。総人口は約1億1千万人,中国の総人口の8%である。1990年代以降の中国の開放政策により上海など経済特区の経済成長が著しく、東北は古いインフラ設備により、経済的には立ち遅れた地域となっている。東北振興はこれからの中国の課題であり、難関でもある。経済体制の遅れ、市場経済観念・形態の発育不良、国営企業(多)と民営企業(少)の巨大な格差を克服しなければならない。今までこの地方を支えてきた重工業を捨てずに、大量の設備、技術、人材を十分利用して、新興産業や軽工業やサービス産業に変換していく方策こそ、三省のリーダーたちが一番頭を悩ませていることだろう。大連にいる友達によると、産業変換の中で大連はすでに中国最大の造船基地になっている。外資を利用する割合も東北三省中の半分を占めている。大連の市街を見ると、高層ビルが多く立っており、建設中のものもたくさんあった。大連は発展の先頭にたっているのだが、遼寧省は失業人数が全国でトップとなっている。本当に一喜一憂の体制改革である。お金はどこから?人はどこへ?体制をどう変える?模索しながらの真剣勝負だ。一人の東北人として、東北がこの勝負に勝ってほしい。

 

追伸:中国でも日本でも「鶴は千年」という言い方がある。鶴は瑞鳥といわれ、おめでたい鳥とされている。鶴の端麗な姿を見ると「千年」に納得がいく。鶴の吉祥を借りて、2007年が皆さんにとって良い年でありますように!

 

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武 玉萍 (う・いぴん☆ Wu Yuping)
医学博士。中国のハルビン医科大学を卒業。2001年3月千葉大学医学部より博士学位を取得。専門分野は分子生物学・発生学。現在理化学研究所(発生・再生科学総合研究センター)で研究を継続中。
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