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今西淳子「延辺訪問記」

SGRA研究員の李鋼哲さんと金香海さんのお誘いを受けて、中国吉林省延辺朝鮮族自治区の延吉に行った。人口200万人というこの自治区の約40%が朝鮮族だが、延吉市内では50%を超えるという。自治区内では中国語と朝鮮語を併記することが義務づけられているというが、市内ではむしろハングル文字の方が多く、また韓国資本の会社が多く進出していて、韓国人観光客も多かった。

 

このような小さな地域にもかかわらず、日本にいる留学生の中には中国朝鮮族が非常に多く、渥美財団でも既に数名支援しており、また、多くの人が中国語と朝鮮語と日本語を話すということで、以前から注目していた。教育熱心で高学歴者が多いのが朝鮮族の特徴というが、延辺自治区では人口の約10%が海外や地域外に流出しており、人材不足が問題ということだった。いわば、高学歴の人材が出稼ぎにでている状況で、延辺に大きな産業がないのに購買力が増加しており、韓国の商品がたくさん輸入され、日本の商品の輸入まで始まりそうだということだった。

 

このような状況下、日本で博士号を取得して延辺大学に戻った金香海さんは、大学から大歓迎を受けているようだった。延辺大学では、国際交流センター長や教務処長が日本留学経験者で、日本で留学生支援をしている者としては嬉しく思った。このように日本留学組が大学の主要ポストについている大学は他にないのではないか。金さんが、主に日本語を勉強している政治学部の学生20名くらいと懇談する機会を作ってくださった。皆さん日本留学に関心があり、入学方法、奨学金、アルバイトなどに関する質問が多かった。日本語は、中学1年生から、既に7年間勉強しているという。中国語と朝鮮語を子供のころから使い、中学から日本語を勉強し、三ヶ国語をマスターするのは、今後北東アジアが発展するにつれて非常に大きな可能性を含むのではないかと思う。この比較優位性を活かして、同時通訳まで視野にいれた通訳と翻訳家の養成プログラムを作るべきだと提案した。しかしながら、近年は日本語ではなく英語を選ぶ学生が多いとのこと。英語が必要なことは充分わかるが、日本語ではなく英語ということになってしまうのは、今まで日本語教育が蓄積されてきた土地柄だけに、日本人としてはとても寂しい。中国語、韓国語、日本語、英語の4ヶ国語を操れる人材育成をめざしてもらいと思った。中国では大学卒業後も就職が大変難しいと聞く。延辺に限ったことではないが、欧米の学校のように、子供たちに早いうちから自分の生き方を考え(情報を充分に与え)、何に向いているかを認識させ、どのように自分を磨いていくべきか検討する機会を与えサポートしていくシステムが必要なのではないかと思う。

 

延辺訪問のもうひとつの興味は北朝鮮だった。李鋼哲さんが研究している開発計画の舞台である中国とロシアと北朝鮮が国境を接する豆満江デルタ地帯に案内していただいた。豆満では、小さな川を挟んで北朝鮮と中国の町が隣接し、70年前に日本が建設したという小さな橋で繋がっていて、その真ん中が国境だった。橋のこちら側では人民解放軍の若い兵隊さんが3人くらい警備していたが、銃をもっているのは一人だけで、ロックミュージックが流れ、リラックスした雰囲気だった。兵隊さんのひとりに入場料を払って、別の兵隊さんに付き添われてぶらぶら橋の真ん中まで歩いて行った。橋の上のコンクリートの上に国境線がペンキで書いてあったが、1mほど北朝鮮にはいって記念撮影。付き添いの兵隊さんにお願いしてシャッターを押してもらった。時々、北朝鮮からトラックが通ったり、歩いて橋を渡る人がいたりした。いわゆる脱北者はこのあたりから上流にかけて出没するそうだが、「脱北者」の中には、中国側で買物をして北朝鮮に戻る人も多いそうで正確な人数の把握は難しいという。北朝鮮と中国の国境は、きわめてのどかだった。北朝鮮には香港資本のカジノがあり、中国人観光客が行くという。延辺大学は、金日成大学と協定があり、現在でも数人が博士号取得のために留学しているという。このような「交流」はむしろ予想通りだった。

 

ところが、北朝鮮から延辺大学への留学生はいない。北京大学には来ていたが、最近は引き上げてしまったとのこと。延吉でも脱北者と接触するのは許されず、北朝鮮の人たちと交流はない。延辺の方が、北朝鮮の体制がいかにおかしいか、行ってみたらどんなに貧しかったか話してくださったし、脱北者の調査をしている延辺大学の教授でさえ、「北朝鮮はわからない」とおっしゃった。国境地帯でも、以前は北朝鮮側で行われていたフリーマーケットが中止になったというし、北朝鮮から中国へ来ることは「資本主義」に毒されるので以前より厳しく禁止されているとのこと。「北朝鮮人を『見に』行きましょう」と誘われて、延吉市内の北朝鮮人経営のレストランでご馳走になった(在日朝鮮人の資本という)。金日成バッヂをつけ少々表情が硬いが綺麗にお化粧をした女性が給仕してくれるので、観光スポットになっているようだった。ユニバーシアードの美女軍団は俄か作りでないことがよくわかった。彼女たちは2年くらいのシフトで勤務するらしいが、延辺の方が彼女らを食事に誘ったけど決して応じなかったとのこと。「彼女たち」のショーもあった。ショーといっても、ひとりかふたりがカラオケにあわせて歌うというものだった。レストランには韓国の団体旅行客が多かったが、すぐに男性が花束を渡してデュエットを始め、祖国統一歌になった時は、レストラン中が大いに盛り上がった。韓国人観光客の勢いに圧倒されると同時に、何か不思議な光景を見ているような気がした。

 

(2003年9月7日北京にて)