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エッセイ821: 宮内 愛「ペイフォワード」

ニカラグアで、来日経験のある画家のマリオさんに描いていただいた素朴画
自分の活動にまつわるものを詰め込んでいただきました

 

ニカラグアで活動を共にした日本の鍼灸師ご夫妻と再会した。視覚障害のある鍼灸師の夫を妻が支えながら二人三脚で活動されていた。彼らが活動してきたニカラグアやカリブ海の島セントルシアの話に花が咲き、当時の経験が鮮明によみがえった。

 

ニカラグアは中南米に位置し、西に太平洋、東にカリブ海を望む自然豊かな国だ。私の任地は標高約1000メートルの山岳地帯ヒノテガ県、「霧の街」とも呼ばれる地域だった。首都から長距離バスで山を登るにつれ、次第にひんやりとした空気に変り、やがて緑の山々に雲が降りてくる。気候は低地よりも過ごしやすく、周囲にはコーヒー農園が広がっている。

 

ホームステイ先は一人暮らしの美容師の女性で、娘と孫は米国のマイアミに住み、彼女たちと毎日テレビ電話で会話をするのが一番嬉しそうだった。お手伝いの女性もおり、しばしば口げんかをしていたが、それでも「一緒にいること」を大事にしていた。関係の円滑さ以上に、共に生活すること自体に価値を見出す姿勢は、ニカラグアの人とのつながりを象徴するものだった。

 

私の活動拠点は「カサマテルナ(お産を待つ家)」と呼ばれる施設。遠方に住む妊婦が臨月になると滞在し、陣痛が来ると病院へ向かい、出産翌日に施設に戻ることもあれば、そのまま赤ちゃんを抱いてバスで村へ帰ることもある。施設では医師による妊婦健診やスタッフによる健康教育が行われ、それ以外の時間は比較的自由に過ごしていた。

ニカラグアでは若年妊娠やシングルマザーが多いが、女性たちは非常にたくましく、日本でしばしば語られる出産への不安とは対照的に、出産を恐れる様子はほとんど見られなかった。「Si Dios quiere(神様が望めば)」という、運命を受容する態度を示す言葉に象徴されるように、宗教観とともに家族を最優先とする価値観が社会に深く根付いている。こうした価値観は、仕事や社会活動よりも家族との時間が優先される日常の選択にも表れていた。

 

その後数年を経て、ニカラグアの隣国エルサルバドルの首都にある国立女性病院の分娩室で活動する機会を得た。印象的だったのは、家族を支えるために医療者たちが国立病院で働くことへの強い職業的な誇りを持っている点と、過去に関わった日本人ボランティアへの信頼だ。過去の日本人の活動は現地に深く記憶されており、その積み重ねが、同じ日本人である私への温かい対応として表れていた。そこには、個々の行為が次の他者との関係性を形づくっていく連鎖が確かに存在していた。

 

これらの経験から、私が繰り返し実感したのは、「家族」という存在の普遍的な重要性であると同時に、人と人との関わりが時間と場所を超えて受け継がれていくという事実だ。海外で受ける親切は決して偶然ではなく、過去にそこに関わった人々の誠実な行為の積み重ねの結果なのかもしれない。

 

これは、受けた善意を相手に返すのではなく、次の誰かへと手渡していく「ペイフォワード」の実践のように思える。その連鎖は目に見えにくいが、確実に信頼を蓄積し、文化や国境を越えた関係性を形成していく。誰かの誠実な関わりは、その場限りで完結するものではなく、時間を超えて他者への態度として引き継がれていくものだ。私が現地で受け取った温かさもまた、過去にそこに関わった人々の行為の延長線上にあった。そして今、自分のふるまいもまた、未来に出会う誰かへの関係性を形づくっていくのだと実感している。

 

鍼灸師のご夫妻はコロナ禍でセントルシアへの渡航が2年半延期になったが、現地の学生たちは待ち続けていたという。視覚障害のある学生に指圧を教え、指圧のなかった国に指圧を根付かせようと活動し、卒業生が対価を得て活動できるクリニックの設立にも尽力された。帰国後、天皇皇后両陛下に拝謁した際、「個々のボランティアの誠実な関わりが、世界の平和につながると信じています」という趣旨のお言葉をいただいたという。この言葉は、私の体験と深く重なり合う。また、渥美国際交流財団による留学生への丁寧なおもてなしも、こうした善意の連鎖を体現するものだ。草の根レベルの個々の小さな関わりが積み重なり、やがて文化や国境を越えた信頼関係を築いていく。そのプロセスこそが、多文化共生社会を支える基盤を形成していく。

 

世界では国同士の関係が混沌とした状況にあるが、私自身は、これまで受け取ってきた数多くの支えを次の誰かへと手渡していく存在でありたいと考えている。そして、これまで関わってきた人々への感謝を心に留めながら、目の前の家族や関わる人々に対して誠実に向き合い続けていきたい。

 

<宮内愛(AI Miyauchi)>

千葉県出身。聖路加国際大学大学院ウィメンズヘルス・助産学助教/IBCLC(国際認定ラクテーション・コンサルタント)。2025年度渥美奨学生。

新潟大学医学部保健学科看護学専攻卒業。その後都内地域周産期母子医療センターで助産師として勤務。2021年聖路加国際大学大学院博士前期課程修了、日本赤十字看護大学 国際保健助産学助教勤務。2026年3月同博士後期課程修了、博士号(看護学)取得。2026年4月より現職。国際協力に関心を持ちJICAボランティアの助産師としてニカラグア共和国での2年間の活動経験を有する。研究分野は母乳育児支援および女性を中心とした分娩時ケア。

 

 

 

2026年6月18日配信