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エッセイ#816:山岡陽輝「戦火のレバノンでの「大きな話」と「小さな話」」
開戦直後にホテルに避難してきた市民。2026年3月2日朝4時過ぎ(筆者撮影/一部加工)
現代社会を生きる我々は、いうまでもなく日々国際情勢の影響を受けているはずだが、それが意識されることはあまりない。少なくとも日本で育ってきた私にとっては、国際情勢は「ニュース」に過ぎず、多少の変化(例えばインフレの進行)があったとしても、生活で一刻を争う事態に出くわした経験はなかった。しかし、国際情勢という「大きな話」と日々の生活という「小さな話」を露骨に結びつけてしまうのが、戦争なのだろう。
エッセイを書いているのは、2026年3月3日、レバノン・ベイルートからの帰国便の機内である。あるイスラーム主義組織の調査のためにレバノンに滞在していたが、2月28日に発生したイスラエル・アメリカによるイラン攻撃を発端とする一連の情勢を受けて、急遽帰国することになった。
「大きな話」はこうだ。今回の戦争の背景にあるのは、2023年10月7日のハマースによるイスラエル奇襲攻撃以来続く中東の戦争だが、2025年末になると、今度はイラン国内で市民による反政府デモが広がりを見せた。これに対して、アメリカのトランプ政権は介入を示唆し、1〜2月にかけては米軍が中東地域で戦力を増強しているとも報じられた。一方、アメリカ・イラン間では核協議も継続していた。2月26日に開催された第3回会合の後、協議を仲介したオマーンの外相は交渉が進展したと話し、近く次回の協議が行われることも発表された。以上が「ニュース」としての「大きな話」である。私自身、2月26日の会合がひとまず無事に終わったと聞いて安堵し、次回日程とされた3月2日までに大きな動きはないだろうと、今にして思えば甘い期待を抱いていた。
イラン攻撃が始まったのは、こうした最中だった。現地時間2月28日の朝、ホテルの自室で対イラン攻撃の速報が飛び込んできた。アル=ジャズィーラをつけると、テヘラン市内のライブ映像が流れており、煙が上がっている。この時点で、レバノン国外への退避を検討し始めた。しかし、バルコニーから外を見ても昨日までと同じ平穏な日常であり、判断に困った。当初の旅程では、4日後にはベイルートを発つ予定だったからである。しかし、迷っているうちにベイルート発着便の欠航が続々と決まっていった。シリアとイスラエル、地中海に囲まれたレバノンの場合、ベイルート発の飛行機に乗れないと、出国するには陸路でシリアに向かうか、海路でキプロスなどに向かうしかなくなる。そこで慌ててカタール航空を予約したが、湾岸諸国への攻撃が激しいと見るや、すぐにミドル・イースト航空(レバノンのフラッグ・キャリア)の便も押さえた。ウェブサイトで購入操作をしている間にも、直近のチケットが瞬く間に売り切れていった。
結局、その日はレバノンのシーア派武装勢力であるヒズブッラーは参戦せず、抑制的な対応に終始した。イランやイスラエルのみならず、湾岸諸国にさえもミサイルやドローンが飛来する中で、レバノンだけが落ち着いているという不思議な状況だった。食事を買いにホテルの近くを歩いても、普段と何ら変わりはない。翌3月1日にはイランの最高指導者ハメネイ氏の殺害が報じられ、中東の戦争はエスカレートする一方であったが、滞在しているベイルートのホテル周辺は極めて平和で、欧米人のツアー客と思しき人々さえ目にした。この日まで「大きな話」と「小さな話」に接点はなかった。このままヒズブッラーが参戦しなければ、少なくとも数日は大丈夫だろうと考えながら就寝した。
目が覚めたのは夜中だった。窓の外から爆発音が聞こえる。急いでニュースをつけると、就寝中にヒズブッラーがイスラエルを攻撃し、その報復としてイスラエル軍がベイルート市内を攻撃したという。レバノンはスンナ派、シーア派、マロン派(キリスト教)を中心とするモザイク国家であるが、その中でもベイルートは各宗派の信徒が地区ごとに分かれて居住している。今回攻撃を受けたのは、これまでも度々攻撃されてきたシーア派のダーヒエ地区だ。情報を集めていると、何やら外が騒がしい。ロビーに降りると、避難してきた市民が殺到している。午前4時のことである。いつもお世話になっているドライバーはダーヒエ地区に住んでおり、心配になって連絡してみると、すでに家族と山間部に逃げたという。
私にとっては幸いなことに、この日はレバノンを出発する日だった。空港やその道中が攻撃を受けないようにと祈りつつ、現地のニュースをチェックする。朝になってもレバノン国内やベイルート市内への攻撃は続いていたが、空港は攻撃を受けていない。ホテルを出ると、上空では鈍い機械音が絶えず響いている。イスラエル軍の偵察用ドローンのようだ。テレビでは、南部から北部に避難する車の渋滞が報じられていた。
こうして、「大きな話」はあっという間に「小さな話」に直結した。私は日本に帰ることができる。帰国してしまえば、中東の紛争は一つの「大きな話」に戻るだろう。しかし、レバノンに残る多くの人々には、その選択肢は残されていない。
報道では、トランプ政権はそもそも真剣に交渉をしておらず、イランとの協議は、空母が到着するまでの時間稼ぎとの見方が出ている。そうだとすれば、あの「大きな話」は何だったのか。これからは「大きな話」の中でも、交渉の過程より軍艦の動きを見なければいけない時代になってしまったのだろうか。
〈山岡陽輝(やまおか・はるき)YAMAOKA Haruki〉
千葉県習志野市出身。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程。2026年度渥美国際交流財団奨学生。2023年3月慶應義塾大学大学院法学研究科修士課程修了。専門は政治学、中東地域研究、イスラーム主義研究。
2026年4月30日配信




