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エッセイ681:梁誠允「日本の古典文学と私―西鶴奇談を研究すること―」

留学生活の最後の1年であった2020年度は、新型コロナウイルス感染拡大のただ中でした。日本の古典文学、特に井原西鶴(いはら・さいかく、1642-1693)の小説を中心に江戸時代の表現文化を研究している私にとって、本物の資料を参照することは必須作業です。ウイルス感染よりも資料調査への隘路こそが心配事でした。もちろん、翻刻・出版された文献もあり、古典籍の画像データベースが急速に進展しウェブサイトで閲覧可能な資料もありますが、私が取り扱う文献には未公開資料で各地の図書館・文庫に所蔵されている写本が多いのです。日本には大量の古典籍が沢山残っています。くずし字が読めれば江戸時代の生活文化史における重要な考究材料を自由に活用できるわけですが、コロナ渦では大学図書館の出入・閲覧制限がなされ、資料への接近そのものが難しくなっています。コロナの終息も資料閲覧の再開も、なお遼遠に見えます。

 

いつの間にか私は、日本の文学と文化について最も前衛的に探求しなければならないという使命感を持つようになりました。研究成果を早く公表しようとする焦りから生じたものでもなければ、元禄時代の文豪〈西鶴〉を再び特権化しようとする意図から生じたものでもありません。一つの大きな問題意識に由来するものです。

 

韓国の高麗大学で日本文学を学んでいた頃、私は「時を超越して〈今・ここ〉を思うことは可能なのか」という、極めて抽象的な問いを抱いていました。また、現代の我々の姿や社会の有り方を見つめ直すためには、それらと距離を取りながら眺めることが必要であり、場合によっては積極的で反省的に関与する知の態度も必要ではないか、と思っていました。一見、相反する思いですが、ひとまず大学院に進学して、近代以前の人々の表現文化について研究することに決めました。その時、特に注目したのが、江戸時代の人々が巷談巷説の記録に熱心であったという事実です。日本の近世人が奇怪な話題を好み、世間話を好んだ実情は想像を超えるものがあります。諸国話・雑話物・説話物と称される作品群をはじめ、随筆・日記・見聞譚などの記録には、様々な異事奇聞・世間話がたくさん残されています。このような報道説話・世間話は、近世社会の自画像とでも言うべき資料であり、近世人にとっては見知らぬ世界についての、いわば情報交換としての意味あいも持っていました。

 

そこで私は同時代の人間の姿や心のあり方、世態風俗に深く心を傾け、それらを鋭く描き出した西鶴の作品の中で『西鶴諸国はなし』(1685年刊)、『懐硯』(1687年刊)という奇談集を研究対象と定めました。西鶴は奇談集の中で、同時代の人情世態を形象化するに当たり、実際に起こった事件を用いる場合においても、素材の元の面影をほとんど留めない形で改変しており、数多くの奇異・怪異現象を盛り込んだ先行の説話、あるいは民話・伝説のような口承文芸を利用しています。西鶴の奇談には、新奇な社会現象や事件、噂の出来事を伝えようとする姿勢を建前としながら(事実を踏まえてはいるものの)、実態としては作り物が多いのです。

 

そのため西鶴の奇談には〈同時代の人情世態〉が素直に表れていません。言い換えれば普段、読者が特定の話に感動を覚えた時、その表現がどうして可能であったのだろうかという問いが、現代の我々には容易に生じないという難点があります。この難点こそ、実は先に言いました「時を超越して〈今・ここ〉を思うこと」の難しさであり、この難点に立ち向かうことが、「時を超越して〈今・ここ〉を思うこと」はどのようにして可能なのか、という問いに答えるための重要な契機ではないかと考えました。ここ10年間、私の研究は西鶴の創作のあり方を解明しながら、当時の人々が西鶴の奇談を読んで覚えた感動を、現代の我々が共有できるように語り直すことだったと思います。

 

この問題意識を背景に、博士学位論文「西鶴奇談研究」では、西鶴奇談の一話一話を詳細に考察して、作品の中の不可思議で説明できないものを可能なかぎり明確に説明し、西鶴奇談の備えている遂行力(表現の挑発力)を再び活動させることに努めました。研究の方法は分析対象となる作品によって様々でしたが、通底しているのは〈注釈〉という方法です。〈注釈〉という言葉には固いイメージがありますが、先人達が使っていた一つ一つの言葉を吟味し、その意味や典拠などを探る作業です。往時の用例を調べ、作品が成立した時代に作品を戻して解釈していく作業の基礎が〈注釈〉です。現代を生きる我々は気付いてはいませんが、制度的思考や感性に縛られています。そうした時空の制約から解き放ち、別のより豊かな解釈を示して別の時代や空間に誘ってくれるのが〈注釈〉という手続きです。〈注釈〉とは現代の言語表現に対して距離をとって眺める行為であると同時に、現代の表現文化に対するより積極的で反省的な知の態度であると言えます。おそらく〈古典〉と呼ばれる作品の魅力も、今の世の中を新しく語り直すための道具として、我々の社会的想像力をより豊かにするための契機を与えてくれるところにあると思います。

 

ただし、古典と言っても人々に受け止めてもらえない限り、いつか忘れ去られてしまうかもしれません。西鶴の奇談には従来の歴史の表舞台に現れず、捉え切れなかった町人達・武士達の生々しい情念と生活様態が巧みに描き込まれており、江戸時代人の人間性とは何か、という新たな問いを提起しています。西鶴奇談について研究しながら、日本の表現文化史についての新たな知見を公表してきた私は、西鶴の文学が私達の生き様と社会の有り方とを見つめ直すための格好の材料であり、〈反射鏡〉としての性格を持っていると考えます。このことを、私が一般の人々にどのように示し、近代以前の人々の経験を我々にとっての新たな経験としてどのように紡ぎ出していくかが重要な課題です。この課題を今後も渥美国際交流財団と交流しながら、ともに考えていきたいのです。

 

<梁誠允(ヤン・ソンユン)YANG Sung-Yun>
2020年度渥美国際交流財団奨学生。韓国高麗大学を卒業後、2011年度に文部科学省招請奨学生として来日。2021年7月に東京大学大学院人文社会系研究科で博士号取得。日本デジタルハリウッド(DHU)大学招請講師を経て、現在、高麗大学文科大学日語日文学科講師。主要論文に「『懐硯』巻五之二「明て悔しき養子が銀筥」の虚偽―フィクションとしての西鶴説話―」(「日本文学」第68巻第12号、日本文学協会,2019年12月)、「『西鶴名残の友』「人にすぐれての早道」と狐飛脚伝承」(「国語と国文学」第95巻第6号、東京大学国語国文学会、2018年6月) 。共著に『〈奇〉と〈妙〉の江戸文学事典』(文学通信、2019年5月)があり、韓国詩人・金永郎を日本に紹介した寄稿文「手を結ぶ世界の詩人たち―永郎の人生と詩、そして私達」(『詩と思想』No398、2020年9月)がある。

 

 

2021年9月24日配信