SGRAカフェ

エッセイ647:尹在彦「SGRAカフェを終えて:半年間のコロナ対策の教訓と日本モデル」

 

米国の調査会社ピュー・リサーチが最近、興味深い調査結果を発表した。14カ国を対象としたこの調査では「感染症の拡散を重大な脅威と認識しているか」が問われた。どの国が最も強く脅威を感じていたのか。1位は89%が「重大で脅威である」と答えた韓国で、2位は88%の日本だった。誤差を考えるとコロナへの両国民の脅威認識はそれほど変わらないと言って良いだろう(調査期間は6~8月)。他に米国78%、英国74%で、最下位はドイツの55%だった。極めて緩い対策を取ったスウェーデンも56%と低かった。

 

韓国のマスコミの報道ぶりや政府の派手な対応を見ていると高い脅威認識は十分うなずけるものだ。しかし、日本でこれほど脅威認識が高いのは意外だった。マスコミのコロナ報道は抑制的で、政府や自治体の対応も急速に緩くなっていったからだ。ここで浮き彫りになったのは、日本のコロナ対策というのは「非常に高い脅威を感じた個々人の努力で国全体を牽引している」ということだ。強制的措置がなかったにもかかわらず、JR各社が過去最大の赤字に陥るほど人々の移動は急減した。「日本モデル」というものがあるとするならば、それは個々人の行動変容の徹底ぶりだろう(これはたやすく真似できるものでないため、本当に「モデル」と呼べるかには疑問が残るが)。

 

今回のSGRAカフェ「国際的観点から見た日本の新型コロナウイルス対策」で感じたのも、各国のリポーターの報告と日本のケースとの「温度差」だ。ベトナムを除いた5カ国(日本・韓国・台湾・インド・フィリピン)は民主主義体制だが、移動制限や個人情報を基にした追跡技術が用いられている。「コロナ拡散を抑え込むため」という名目で一定程度、人権侵害が許されている。罰金刑を伴う移動制限やマスク義務化、営業制限は欧米諸国でも導入されている。もちろん、韓国や台湾は過去の失敗経験が一種の「社会的予防接種」として効果を発揮した側面も否めない。社会的合意のもとでの規制措置が採用された。数多くの島から成り立っているフィリピンや、膨大な国土と人口を擁するインドも強力な移動制限に踏み切るしかなかった。

 

日本は強硬路線をとらなかったものの欧米諸国のような「感染爆発」は起きていない。個人的には、コロナ禍の中で注意深く観察しているのが「コロナ・マスク否定論者の集会(反ロックダウンデモ等の反政府集会)」だ。そういった集会への参加者はいわば「反知性主義者」とも言うべき人々だが、それにしても欧米諸国が大切にしてきた価値を反映したものと言えなくもない。

 

また、少なからぬ日本のマスコミは韓国の感染症対策を「全体主義的」という論調で報じていたが、筆者は「韓国も民主主義国」と信じているため、やりすぎた措置と考えられる時にはいつでも激しい反発が出ると見ていた。それが8月15日の「反政府デモ」として表れる。デモ参加者については極めて愚かな行動だったとは思うが、欧米とは違う形とはいえ韓国も民主主義体制であることを証明したと思う。

 

それを考えると、日本の場合はやはり「異例」としか言いようがない。強権的な措置もなかったが、世論調査の半数以上が政府の対策に不満を表しつつも市民らの見える形での反発は非常に弱かった。渋谷で「ノーマスクイベント(クラスターフェス)」は開かれたものの、欧米や韓国と比較すると「みすぼらしい」ものだった。「自粛」という形での「自発的移動制限」が実行され、お盆休みにも新幹線の利用は大幅に減少した。これは個人の自由を強調する欧米諸国や権威主義体制の名残のある韓国・台湾にも、権威主義体制の中国・ベトナムにも属さない「日本的特徴」だ。

 

政府やマスコミとは別に「強く脅威を感じる個々人の対応が日本のコロナ対応を引っ張ってきた」といえるのではないか。否定的にのみ捉えられるいわゆる「自粛警察」もその意味では「日本モデル」を構成する一部分だ。地方のみならず、豊島区役所の職員さえ自粛警察と化した現象(営業中の飲食店を脅した疑いで逮捕)は見逃せない。他国では自粛警察の役割を本物の警察が担っており、ここでも日本の特殊性は鮮明に見えてくる(現代刑法は私的制裁を禁じるため、自粛警察をそのまま助長するわけにはいかないが)。ある意味、金田一耕助が警察より先に事件を解決する文化の継承(?)と言えなくもない(ちなみに筆者は横溝正史のファンだ)。

 

しかしながら、日本の緩い政策が経済的後退を防げなかった点は必ず考慮しなければならない。筆者の住んでいる国立市や隣の立川市の繁華街では閉店が相次いでいる。老舗の文具店(創業81年)やステーキ店(同30年)等が閉店してしまった。ある程度コロナの脅威を抑え込まない限り、経済の持ち直しは困難になるだろう。

 

SGRAカフェの報告から明らかになったのも、経済と防疫の両立が容易ではないということだ。

 

半年間のコロナウイルスとの戦いからの教訓は「感染拡大期に経済と防疫の両立は極めて困難であること」だ。コロナが弱毒化した明確な証拠やワクチンの開発がない間は、これは変わらないだろう。恐らく来年も今年のような「抑制と拡大の繰り返し」が続くのではないか。これまで「希望的観測」が次々と裏切られてきた経験からは、やはりそう考えざるを得ない。最悪を想定した上でのコロナ対策がむしろ最も効果的かもしれない。

 

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<尹在彦(ユン・ジェオン)Jaeun_YUN>
2020年度渥美国際交流財団奨学生、一橋大学大学院博士後期課程。2010年、ソウルの延世大学社会学部を卒業後、毎日経済新聞(韓国)に入社。社会部(司法・事件・事故担当)、証券部(IT産業)記者を経て2015年、一橋大学公共政策大学院に入学(専門職修士)。専攻は日本の政治・外交政策・国際政治理論。共著「株式投資の仕方」(韓国語、2014年)。

 

 

2020年10月1日配信