SGRAかわらばん

エッセイ613:謝志海「海外で見た公の場での喧嘩」

この夏休みは仕事で2回海外に行って来た。今回は空港とホテルの間を除き、全ての移動は現地の公共交通手段を利用した。そのおかげで、ずいぶん色々と現地の風習や社会事情を観察することができた。その1つに、私にとっては久しぶりに、公の場で喧嘩を見ることになった。

 

まずは9月上旬、勤務先の大学の学生を連れハワイに行った先でのこと。学生たちとバスに乗りハワイ大学へ向かっている時、バスで若い女性と年輩の女性の口喧嘩を見る。年輩の女性は杖をついていて見るからに体が弱そうだった。バスの中でずっと運転席の傍らに立ち、心配そうに自分の降りる停留所を確認していたようだ。途中でちょっとやんちゃそうな若い女性が乗って来て、奥に入ろうとした時に、そのおばあちゃんとぶつかったようだ。おばあちゃんは怒りだし、若い女性と口論になった。喧嘩はすぐにエスカレートし、お互いに汚いことばで罵倒し合う状態となった。若い女性の方もだんだん激しくヤジを飛ばし、とうとうおばあちゃんをかばう乗客との間とでも喧嘩を始める始末。おばあちゃんが降車しても、若い女性がついて降り喧嘩を続けるようだった。それを見た運転手はバスを停め、電話で警察に通報した。日本人の学生たちもみな驚きながら見ていたのは言うまでもない。

 

所変わって私の母国中国の広州、9月下旬に研究出張に行った時のこと。地下鉄内で若い女性と年輩の女性の喧嘩を見た。中国の風物詩とも言える。地下鉄マナーの悪さはすでに広く知られたことだが、ドアが開いたとたんに、降りる人より乗る人が先に乗車したり、その勢いで座席を取り合ったりすることが普通に起こっている。今回も例に漏れず、席取りにまつわる喧嘩であった。若い女性は旦那さんと小さな子どもの3人家族で、年輩の女性は老夫婦で電車に乗ってきた。その若い母親と年輩の女性の間で座席の奪い合いが起きたようだった。年輩の女性は、若い女性に噛みつき、今時の若い人は年輩者を尊敬しないとしつこく罵倒していた。若い母親の旦那さんが何度もお詫びをしても、叱責はなかなか終わらず、その母親は一人で車両内の少し離れた場所へ行った。近くに立っていた私を含め、多くの乗客が仲裁しようとしても、年輩の女性の怒りは収まらず。最終的に、地下鉄の警備員が来て、やっと事態が収まった。

 

実は私も2009年の夏に日本での2年間の留学を終え、久しぶりに中国に帰国した際、人と喧嘩しそうになった経験がある。当時の私は、歩行者優先の日本にすっかり慣れており、歩いている時に突然発進してきた車に驚き、大声で苦情を言ったら、その車は突然停まって、窓から「お前を殴るぞ!」と暴言を吐かれた。私は怖くて逃げた。

 

思えば、これらの喧嘩のきっかけはほとんど空間についての争いである。動物がなわばりをめぐって争うように、人間は空間をめぐり争う。そして、国レベルでは、領土や領海という空間をめぐって紛争が起きる。これもまた国際政治においては、普遍の現象である。動物同士、人間同士や国同士の間の喧嘩にはこのような空間をめぐっての共通点がある。

 

私が常に不思議に思うのは、こういった公の場での喧嘩は、日本国内ではあまり見られない。しかし実際は日本の方が空間が狭く、喧嘩になりやすいはずだが、実際は違い、喧嘩どころか、日本では人とぶつかることすら少ない。電車やバスに乗る時、いつも周りの空間に気を配りながら座る。隣の人と少しでもぶつかったらすぐさま「すみません」と言い合う。たとえ満員電車でも押し合うことはほとんどない。これほどマナー良く空間をシェアするから喧嘩にならないのであろうか。

 

日本では当たり前のことだが、ひとたび海外へ出てみると、そうとも限らない。これも私の学生たちがハワイで学んだことの1つであろう。

 

<謝志海(しゃ・しかい)Xie Zhihai>
共愛学園前橋国際大学准教授。北京大学と早稲田大学のダブル・ディグリープログラムで2007年10月来日。2010年9月に早稲田大学大学院アジア太平洋研究科博士後期課程単位取得退学、2011年7月に北京大学の博士号(国際関係論)取得。日本国際交流基金研究フェロー、アジア開発銀行研究所リサーチ・アソシエイト、共愛学園前橋国際大学専任講師を経て、2017年4月より現職。ジャパンタイムズ、朝日新聞AJWフォーラムにも論説が掲載されている。

 

 

2019年12月5日配信