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エッセイ603:ダリヤグル・ショリナ「自分との出会い」

(私の日本留学シリーズ#33)

 

日本に来てからの5年間を振り返ってみると、自分の人生において最も重要な経験になっていると思います。様々な刺激を受けて、学んだことが非常に多いです。以下に、私にとって最も重要な変化について紹介します。

 

来日後新しい生活に慣れるのに少し時間がかかりました。しかし、慣れてきたら、ある日、私の毎日が同じことの繰り返しになっているのではないかと気づきました。それは生活がある程度安定してきたということですが、自分の中で新しいことが何もなくて、人生を十分に味わっていないという非常に強い違和感がありました。

 

最初は、毎日しなければならない同じことが決まっているので、今は少し我慢するしかないと思っていました。それが終われば、少し時間の余裕ができて新しいことも増えるだろうと理想的な状況を待っていました。しかし、忙しい毎日は続いていましたが、待っていても、変わったのは仕事の内容だけです。いろいろ考えてみた結果、何かをしている時に私が注目するのは「今のこと」ではなく、ほとんどが「これからのこと」に移っており、「今」がただ流れてしまっているためだと気づきました。

 

このようにして、「今」をよりよく意識するために、自分に「今は何をしているか」という質問をするようになりました。細かいところまで注意を払って、自分の周りを見てみます。例えば、料理を作っているとき、切った野菜の色や形などを見て、楽しむようにします。食べているとき、お皿の色と料理の色を意識して味わいます。外に出るときには、街路樹、花、建物を眺めながら、周りの美しさに感動します。そうすると、毎日通っている同じ道でも、新しい発見がたくさんありました。特に、季節によって変わる自然の美しさを楽しむ趣味ができました。

 

正直に言うと、このように「今」を生きることが、いつもできているわけではありません。例えば、発表がある時には、どうしても思考は緊張感から「これからのこと」に移ってしまいがちです。しかしながら、それを意識的にするときと、以前のように無意識だったときとは、違いがとても大きいと思います。

 

できるだけ毎日、どんな小さなことでも何か新しいことをするようにチャレンジしています。いつも研究室にいるのではなく、大学の図書館あるいは都内の図書館に行くなど、日常的にできるちょっとしたこともあれば、思い切って非日常的なこと、たとえば竜安寺に行くなど、計画を立てることもあります。環境を変えることで、当然ながら景色も変わりますが、新たな出会いと発見にも繋がります。自分だけの小さい世界を作るのではなく、周りをよく見れば、目の前にある広い世界に触れることができます。理想的な時間を待たなくても、「今」を生きるという生き方によって、忙しい毎日でも楽しむことができます。

 

さらに、ちょっと離れて物事を見ることを通して、今まで見えていなかったことがより明確になると思います。今は家族から遠く離れて、日本にひとりで住んでいますが、その距離のおかげで、改めて分かったことが多くあります。その1つが両親に対する気持ちです。自分の両親に対して、考えが時代遅れとか、もっとこうすればいいじゃないか…等々、上から目線で捉えていた時期がありました。しかし、こうして少し距離を置いてみると、自分のそのような態度がとても子供っぽいものだったということが分かりました。

 

今では、かつてのように父と母を責めるのではなく、大切な命をくれた2人だという強い存在感があります。そして、お父さんとお母さんに対して感謝する気持ちを持つと、自分の両親にはすごいところがたくさんあると初めて気づいて感動しています。それは私の力にもなっており、2つの羽ができたような感じがします。また、そういう自分の気持ちを両親に言葉にして伝えるのがとても大事だと考え、自分の誕生日に感謝の気持ちを必ず伝えるようになりました。あまり話すことがなかった以前に比べて、電話をかけて、両親とおしゃべりすることが増えました。

 

最後に、人生の見方に関する変化について紹介します。それは、どんな出来事があっても、それを経験として捉えるという見方の変化です。以前は、何かの出来事を「よかった=成功した」あるいは「よくなかった=失敗した」という観点のみで評価していました。このように評価することも重要ですが、感情的側面のみに焦点が当てられて、その出来事から学ぶことがあまりできないと考えました。しかし、観察者として、ひとつの経験として出来事をみてみると、失敗した原因と成功を促した要因も発見することができます。その結果、自分の課題も明確に見えてきます。課題があると分かれば、次はその課題を解決するための具体的な行動を決めて、その行動を実行することが重要です。このように経験として捉えるという見方を通して、多くの新たな発見ができるようになり、それによって人生の質も変わってきたと実感しています。

 

今まで、日本に来たのは2回になります。最初は、日本の文化や日本語に関わる知識を中心にした「日本との出会い」だったと思います。今回は、日本滞在を通して自分のことをより深く理解する、「自分と出会う」経験となりました。

 

<ダリヤグル・ショリナ Dariyagul_Shorina>

カザフ国立大学東洋学部日本学科学士、政策研究大学院大学政策研究科修士、筑波大学人文社会科学研究科国際日本研究専攻後期過程在籍中。カザフ国立大学東洋学部日本学科専任講師、カザフスタン日本人材開発センター非常勤教師、筑波大学国際室中央アジアオフィス非常勤職員を経て、現在、明渓日本語学校(つくば市)開校準備室専任教師。研究分野は日本語教育。現在の研究テーマは海外の日本語教育における日本語教師のライフストーリー。

 

 

2019年7月25日配信