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エッセイ585:林泉忠「台湾社会が「一国二制度」を支持しない4つの要因」

習近平は1月2日に台湾統一に向けた「習五条」の重要談話を発表した。これは、北京当局の習近平「新時代」における対台湾政策の指針である。これに対して、台湾メディアでは連日議論が紛糾し、多くの識者がさまざまな角度から分析と評論を行なっており、台湾問題というこの古くて新しい話題は確かに相当程度、盛り上がりを見せた。しかし、多くの人々にとって理解し難いのは、北京はなぜ40年にわたって台湾社会では受け入れられることのない「一国二制度」を両岸統一の唯一の枠組みとして堅持するのだろうか、という問題である。

 

「一国二制度」に対する台湾からの否定的反応

 

「習五条」の統一攻勢に対して、台湾の与野党二大両党はそれぞれ別々の反応を示した。政権を握る民進党政府は、蔡英文が自ら当日午後に臨時の記者会見を開き、「台湾は絶対に『一国二制度』を受け入れない。絶対多数の台湾民意は、『一国二制度』への反対を堅持する。これは『台湾共識(台湾コンセンサス)』である」と表明した。こうした蔡英文の反応は、決して意外ではなかった。むしろ北京が注目したのは、国民党の態度である。呉敦義が主席を務める国民党は、習談話の翌日、党中央委員会文化伝播委員会(文伝会)から6項目にわたる声明文を発表しこれに応じた。

その中では、たしかに国民党は「一中各表(双方とも『一つの中国』は堅持しつつ、その意味の解釈は各自で異なることを認める)」の「九二共識(92年コンセンサス)」を支持すると強調したものの、習近平が定義した「九二共識」の「新たな内容」すなわち「国家統一を目指し共に努力する」への直接な言及を避けた。しかし「一国二制度」に対しては、「現段階で「一国二制度」は台湾の多数民意の支持を得ることはおそらく難しいだろう」と間接的に否定するという形で応じたのである。

 

その後、「平和的統一、一国二制度」を内包した「習五条」談話についての世論調査が続々と発表された。1月9日、台湾民間シンクタンク両岸政策協会が発表した世論調査では、80.9%にも上る台湾市民が「一国二制度」に賛成しないと回答しており、賛成はわずか13.7%であった。ほどなくして行政院大陸委員会が17日に記者会見を行い、関連した世論調査を公表したが、「一国二制度」に賛成しない市民は75.4%に上り、賛成はわずか10.2%であった。しかも、習近平談話の中に定義されていた「両岸は一つの中国に属しており、共に国家統一を目指して努力する」という「九二共識」の実質的内容に対しても、74.3%が「受け入れない」としており、「受け入れる」と答えた市民の割合はわずか10%だけだった。

 

台湾の民主化と本土化の影響

 

実際、行政院大陸委員会や一部のメディアは、1990年代以来何度も台湾市民の「一国二制度」に対する賛否を問う世論調査を行ってきた。そうした調査の結果において「一国二制度」への賛成がこれまで3割を越えたことは一度もなかった。この40年来、台湾において民意の多数派が「一国二制度」を支持しないのは、以下の4つの要素にその理由を見いだすことができるだろう。

 

第1に、台湾社会が1990年代の「本土化」の波を経験した後、民意の多数派は両岸統一を再び支持することは無くなったということである。これ以前には、台湾の国民党政府は、1949年以前の中華民国の命脈を維持する残存政権として、蒋介石の「大陸反攻」から蒋経国の「三民主義による中国統一」にいたるまで、中国統一を国策として高く掲げていた。1990年代の李登輝政権初期までは、依然として「国家統一委員会」を設置し、「国家統一綱領」を制定していたのである。しかし、その後の憲政改革の推進に伴う台湾社会の「本土化」運動の興隆によって、1994年以降は「中国人」であると認識する台湾市民の割合が再び民意のメインストリームになることは無くなった。こうした政治社会状況の変化のもとで、両岸統一を支持する思想も民意の多数派の耳目を浴びるものでは無くなっていった。これこそ、2008年に馬英九の国民党が政権に返り咲いた後も、「国家統一委員会」も「国家統一綱領」も復活させることがないばかりか、さらには両岸政策において「統一しない」という方針を採った所以である。

 

第2に、「一国二制度」が必然的に「中華民国」の消失を招くと台湾社会は認識しているということである。これは国民党の人々にとっても受け入れることのできないことだ。たしかに国民党の党憲章の中には、今でも「国家の繁栄と統一という目標の追求は、一貫して変わらない」という旨の条文があり、これは「国家統一綱領」に掲げられた国家統一の理念と相通じている。しかし、こうした思想が「中華民国」という国体から続く国家アイデンティティを意味するものである以上、あくまで「中華民国」の旗の下の中国統一を追求するものであって、「中華民国」の放棄を含む統一を受け入れるものではない。

北京が提起した「一国二制度」の統一枠組みは、国民党にとって「中華民国の消滅」を前提とした統一の論理であり、たとえ「深藍(もっとも忠実な国民党支持派)」の国民党の人々であっても受け入れ難いものであろう。したがって、「一国二制度」の枠組みが、「中華民国」の存続の可能性を内包したものでない限り、国民党がその態度を改めることはないであろうし、「本土化」の影響を強く受けた国民党支持者ではない台湾の人々は言うに及ばない。

 

キーポイント:台湾版「一国二制度」における両岸の地位の位置づけ

 

第3に、「一国二制度」の枠組みにおける大陸と台湾の関係は、多くの人々にとって中央政府と地方政府の関係として理解されているということである。これは、1990年代の政治的民主化の後、台湾社会が受け入れることのできない施策である。たしかに、習近平が提出した「一国二制度の台湾方案」は未定稿であり、大陸と台湾の具体的な関係も明確とはいえない。大陸の学者である王英津は、統一後の両岸関係を条件付きで「中央政府と準中央政府」の特殊関係と規定する研究をかつて行なっている。しかし、王英津を含めこうした議論は、中国社会科学院台湾研究所所長補佐彭維学が提起した「中央全面統治権の確保」の原則を前提としたものである。言い換えれば、「一国二制度の台湾方案」における大陸と台湾の関係の位置づけは、「中央対地方」の関係を原則としない可能性を示すことができなければ、台湾の主要政党及び社会が「一国二制度」の統一案を受け入れることは難しいだろう。

 

第4に、香港で「一国二制度」が実施されて20年余りが経過するが、未だ成功例を台湾に示せていない。周知の通り、香港とマカオで実施されている「一国二制度」は、もともと台湾統一に向けた構想であった。2017年の香港返還20周年の習近平の談話であれ、今回の「習五条」の講話であれ、北京としては、香港における「一国二制度」の実施は非常に成功していると捉えている。しかし、こうした政府公式の見方と現実のギャップは、台湾市民の眼に映っているのみならず、香港社会においてすら「一国二制度」への信頼ははっきりと揺らいでいることからも伺える。

香港大学の民意研究プロジェクトの「一国二制度」への信頼に関する調査では、1997年香港返還当初、「一国二制度」を「信頼する」と答えた香港市民の割合は63.9%で、「信頼しない」と答えたのはわずか18.5%であった。ところが、「一国二制度」施行後21年経った今日、最新の調査では、「信頼する」と答えた香港市民の割合は45.5%にまで低下しており、「信頼しない」と答えた46.9%よりも低い結果となった。しかも、香港における普通選挙もソフトランディングできずにおり、2014年に勃発した空前の「オキュパイ・セントラル/雨傘運動」も、台湾人の「一国二制度」への不信をさらに高めることになったのである

 

実際、将来「一国二制度の台湾方案」の内容がどのように発表されるのかは依然として未知数である。しかし、上述したように、台湾社会の「一国二制度」への信頼に対してマイナスの影響を与える要素に関して、十分に考慮を重ねて改善を図り、台湾社会が受け入れ可能な方案を制定すること無しに、国民党を含めた台湾社会の「一国二制度」及び両岸統一に対する態度を変えようと一方的に頑なに希望することは、おそらく永遠の希望的観測に過ぎないのである。

 

(原文は『明報』(2019年1月28日付)に掲載。平井新訳)

 

英訳版はこちら

 

<林 泉忠(リン・センチュウ)John_Chuan-Tiong_Lim>

国際政治専攻。2002年東京大学より博士号を取得(法学博士)。同年より琉球大学法文学部准教授。2008年より2年間ハーバード大学客員研究員、2012年より台湾中央研究院近代史研究所副研究員、国立台湾大学兼任副教授、2018年より台湾日本総合研究所研究員、中国武漢大学日本研究センター長を歴任。

 

 

2019年2月7日配信