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エッセイ414:崔 佳英「『小さな留学生』から20年」

「小さな留学生」を覚えているだろうか。2000年に放映された、中国から父親の転勤で、日本の学校に通うことになった9歳の少女の2年間を追ったドキュメンタリーである。今年、2007年から7年目を迎える私の日本での留学生活は、3度目の長期日本滞在である。1回目は、小学校の時に父の仕事のために家族4人で初来日。2回目は、その約10年後、2003年の1年間の交換留学、それから5年後、現在の大学院留学のための来日である。

 

初来日時は、もう20年以上も遡る1992年の春だった。まったく日本語がわからない状態で日本に行くことが決まり、渡日1週間前に韓国の学校に届けを出し、ひらがなの勉強を始めた。自己紹介の言葉を日本語の発音をそのままハングルで書いてもらい、一生懸命練習した記憶がある。こんにちは、はじめまして、以外には日本語が全くわからず、まさに、ドキュメンタリーの「小さな留学生」と同じだった。

 

偶然にも、私の小学校の時の経験は、「日本の学校のニューカマー受け入れ」の展開と軌を一にする。1990年の入管法の改正とともに、ニューカマーの外国人が急増し、これに連動して外国人の子どもの教育問題が注目され始めたのである。1991年には、文部省が初めて「日本語指導が必要な外国人児童生徒」の数の調査に着手し、1993年の『我が国の文教政策』で「外国人児童生徒に対する日本語教育等」に初めて言及した。日本でニューカマーの子どもの教育問題が浮上し、その取り組みが始まってから20年も経つ。韓国では、2000年代から「多文化」問題が社会問題の重要なトピックとなり、アジアの国で先に移民問題に対面した日本の取り組みについての研究に、注目が集まっていた。私が日本に留学してから参加したボランティア団体では、外国につながりを持つ子ども(ニューカマーの子ども)への学習支援の活動をしており、そのはじまりは「在日韓国・朝鮮人」の子どもの高校進学支援からで、長い蓄積をもつ。

 

しかし、おもしろいことに、私が最近出会う外国人子女教育問題の研究者や支援者からよく耳にすることは、「韓国は進んでいますね、韓国の話が聞きたいです」という言葉である。確かに、この10年間に韓国では、外国人統合政策である「在韓外国人処遇基本法」、「多文化家族支援法」を制定、二重国籍の許容、外国人参政権の付与など法制度における様々な動きがあり、学校教育においては2007年から政府主導で「多文化教育」を実施している。社会化の課程に「切断」を経験する移民の子どもにとっては、社会参加や階層移動の機会などの意味から、制度化された学校教育がもつインパクトは強い。

 

さて、ここで、20年も前の話をしてみようと思う。 私が初めて来日した当時の札幌には、「外国人の子ども」の存在は珍しいもので、区役所から地図をもらい、家族4人だけでいくつかの学校を実際に回り、編入する学校を決めた。私が通うことになった学校にとっても、外国人はもちろん初めてのことであった。正規のクラスに入るのか、どの学年に編入するかも教育委員会の方針が定まっていなかった時期で、その分、一つ一つのことを学校と保護者、そして私の意志を反映し相談していったことを覚えている。

 

担任の先生と私の父は、交換日記的な一冊のノートに私の1日について書いて連絡を取り合っていた。日本の学校で1年程が経った頃に、私の日本語の先生がやってきた。まだ20代の若い先生で、先生になる前の「先生」と聞いた。国語の時間には、職員室で「みんなのにほんご」という本で、はじめから日本語を勉強した。日本語の先生との勉強が1年を過ぎた頃には「アンクルトム」を全部読み切ったことを今でも覚えている。のちに、数学以外の授業も少しずつ耳に入るようになり、テストも受けられるようになった。それでも、社会や理科などのテスト問題を解くには困難があった。担任の先生は、私の答案用紙の全ての項目に×をつけることはなかった。100点が満点ではなく私の日本語力に合わせた採点をしてくださった。40点/44点と。

 

そこに込められた教員の教育理念とは、「日本人の子ども」のみを対象とする教育、日本語を基準とした評価ではなく、日本語の問題と生徒の学習力の問題を切り離し、一斉共同主義に基づかない、学生個々の「学びの権利」を保障するコア的なものであると思える。これは、多くの「大人の」留学生が抱く問題の一つでもある。議論を中心とする大学院での授業で日本語力の不足のために委縮してしまったり、または、その発言に耳を傾けてもらえなかったり、教員や同僚とのスムーズな意見交換の困難、正確にはコミュニケーションの文化的差異から生じうる誤解などをどのように捉えるかは、大学の「国際化」を謳うアジアの多くの大学の課題となりえるだろう。

 

 

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<崔 佳英(ちぇ・かよん)Choi, GaYoung>

東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻にて修士号2010年取得。現在、同研究科で博士後期課程在学中。2013年度渥美奨学生。専門分野は、日本と韓国における外国人子女教育。

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2014年6月23日配信