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エッセイ357:デール・ソンヤ「ふくしまから帰ってきた私の素直な感想」

豊かな緑。素晴らしい景色。朝の散歩をしながら、ふくしまが私のノルウェーの実家を思い出させ、懐かしい気持ちいっぱいで新鮮な空気を贅沢に深く吸い込んだ。ノルウェーの実家は、ライカンガー(Leikanger)という小さな村で、今回訪問した飯舘村と同じように農業が主な産業である。人口が少なく、各住宅は広く、隣家と距離がある村である。そのライカンガーで、私は毎日山の豊かさと孤独さを楽しんでいた。今でも懐かしく思い出すし、すぐに帰りたいという思いはずっと心の奥にある。

ふくしまにいた間に、複雑な気持ちを抱いたことはたくさんあった。まずは、人がほとんどいなかったこと。特に飯舘では、ふくしま再生の会のボランティア以外はひとりも見かけなかった。素晴らしい緑を一人占めできたが、今はそのような場合ではない、という現実をすぐ思い出した。ふくしま再生の会の代表の田尾さんの案内で、飯舘の空気、土、植物等の放射線量を計り、ここは人が住める場所ではないということを理解し合った。しかしながら、「住めるか住めないか」という問題だけではない。最初の夜に泊まったふくしま体験スクールで、ご主人の酒井徳行さんの話を聞いた。原発事故の影響で農業ができなくなったせいで、生活のことが不安になり自殺した農業者が、その小さい村にもいた。原発の問題は、「生きるか生きられないか」、もしくは「生きたいか生きたくないか」という問題でもある。

おひさまプロジェクト、いいたてカーネーションの会、いいたてホーム、ふくしま再生の会。ふくしまの再生のために、頑張っている方々の話をたくさん聞いた。絶望的な状況の中で、ふくしま、友達、自分、みんなのために明るい状況を作ろうとしている人々である。放射能の恐れで若者と子供がほぼ全員いなくなった村では、孤独さ、寂しさ、絶望に毎日襲われているのだろうが、私たちが出会った皆さんは、とても元気で、精一杯頑張っている。尊敬せざるをえない。

ふくしまから東京に帰った夜に、友達と夕食をして、私のふくしまの経験について話した。一人の友達が、「福島に行ったら、きっと自分の無力を感じるようになる」と言った。ふくしまのために、何かしたいが何もできないという思い込みは、珍しくないと思う。私も、その気持ちがよくわかる。しかし、この機会に、ふくしまのためにできることについて、少し考えてみたい。

ふくしまの住民の声を聞いている時に、「政府に頼れない」というセリフが、何回も繰り返された。この気持ちはふくしまの住民に限らず、日本の国民全体に広がっている感覚だと思う。政府を信用できない、政治家が市民のことを考えていない、日本の政治はもうダメ、というような意見は、様々な場面で聞こえる。そして、政府に頼れないと思っているから、選挙で投票しない。政治に興味を持たない。このような態度は、特に日本の若者の中で非常に明らかである。しかし、政府が国民のためにあるものでなければ、何のためにあるのだろう。また、政府に信用がなくても、政府の決めたことはみんなの生き方や生活に影響する。例えば、ふくしまの場合だと放射能の危険レベルや、どこの地域を立入禁止にするかなどは政府が決めることだ。

ふくしまにいた間に、一番印象的だったことは若者や子供がいないことだった。そして、お年寄りも自分の家に居られないことだ。人生の価値についての話に入るつもりはないが、放射線の影響は、すぐにわかるものではなく、何年かたってからその結果がでる。もしそういうことだったら、お年寄りは、自分が生きている間にその影響を受けないだろう。そういうことだったら、危険でも、自分が居たい場所に居ていいんじゃないか、と私は心の中で思っている。しかし、立入禁止区域は個人の決定ではなく、政府が決める。

私は、ふくしまのためにできることは、政治に興味をもつ、ということだと考えている。「日本が沈まないように強いリーダーが必要」という意見が最近よく耳に入る。しかし、私はそう思わない。それより、ちゃんと人の話を聞くリーダーが必要ではないか、と考えている。

30歳に近づいている私は、まだ「若者」だといえるだろう。そのため、周りにいる「若者」の政治や他人への無関心さがとても気になる。原発の問題や、政治の話などに全然興味を持っていない若者が、たくさんいるように思える。自分の生活に関わっている問題なのに、どうして興味を持たないのか、私にとって謎である。考えない、あるいは無視する方がきっと楽だろうが、やはり考えてほしい。自分の周りにいる、苦しんでいる人々、または自分の生き方に影響すること、ちゃんと考えてほしい。もっと、目と心を開いてほしい。

少しおおざっぱな感想だが、ふくしまにいた間の複雑な気持ちが、東京に帰ってからの欲求不満に飲み込まれて、周りの無頓着な学生たちを見ると毎日いらいらしている、ということである。ふくしまスタディ・ツアーは、大変良い経験だった。ぜひ、皆さんも、一回だけでも行って、ふくしまの人々と話してみてください。

スタディ・ツアー「飯館村へ行ってみよう」報告

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<デール、ソンヤ Sonja Dale>
上智大学グローバル・スタディーズ研究科博士課程。上智大学比較文化研究所リサーチ・アシスタント。ウォリック大学哲学学部学士、オーフス大学ヨーロッパ・スタディーズ修士。2012年度渥美財団奨学生。
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2012年11月19日配信