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エッセイ178:範 建亭「上海における国際金融センターの建設と人材導入」

北京オリンピックは、これまで中国が主催した最大級の国際的なイベントであったが、去る8月に無事閉幕した。もう一つ注目されている国際的なイベントは、2010年に開催予定の上海万博である。万博は上海にとって百年に一度の大きなチャンスであるから、市政府は前々から万全な計画を立てており、近年では都市のインフラ整備などを急いでいる。だが、上海にはさらにもっと大きいプロジェクトがある。それは上海をニューヨークやロンドンのような国際金融センターとして建設することである。2006年に公表された上海市政府の計画によると、2010年までに国際金融センターの基本的な骨組みを構築し、2020年には国際的な影響力を持つ金融都市になるとの目標である。

 

経済発展における金融市場の役割は非常に大きい。中国経済が急速に発展し、国際的な影響力が向上するにつれ、国際金融センターを建設することは必然的なことだ。だが、中国国内で国際金融センターを目指しているのは上海だけではない。上海以外にも、北京や天津、深センなども目指しているとされている。こうした無計画な話はいかにも中国的だと思うが、上海は中国最大の経済都市であり、また外資系企業をはじめとする金融関連企業が最も集中している地域でもあるから、国際金融センターとしての条件が他の都市に比べて一番整っていると言える。しかし、上海もいろいろな問題を抱えている。中でも最も肝心なのは、金融専門人材が不足していることである。

 

ロンドン市政府が08年3月に発表した「世界金融センター指数」によると、上海は第31位にランクされている。「優秀な人材と活気のある人材市場」がランキングを影響する重要な要因となっているが、上海には国際的なレベルに達した金融関連の専門人材は一万人未満だという。

 

人材不足の問題を解決する方法の一つは、自分で育成することである。上海には何十の大学も所在しているが、金融分野における専門的な教育と研究は依然としてかなり弱く、充実してきたのは1990年代後半のことであった。ここ数年は、金融への関心と需要がますます高まっている。私が勤めている上海財経大学では、もうすでに財務や会計、証券、保険、国際金融などの学科が入試の難関となっている。それでも供給が需要に追いつかないから、上海の各大学や大学院が競って金融専門の学生募集規模を拡大しようとしている。中でも一番注目されているのは上海交通大学の「上海高級金融学院」である。

 

今年の9月に開校された「上海高級金融学院」は、上海市政府が世界に通用するような高級金融人材を育成するために上海交通大学に委託して作った大学院である。高級金融学院への出資金は5億人民元にのぼり、施設や教育内容、教授陣などは海外の一流の大学と同じレベルを目指している。ただし、学部を持たず、主に修士と博士を育成する。5年後には、毎年500名の卒業生を送り出すような規模となるが、それだけではまるで焼け石に水のようで、上海の人材不足解消にはならない。

 

そこでもう一つ可能な方法は、海外から直接、必要な人材を採用することである。もともと、上海が必要としているのは大学の卒業生よりも金融業界の経験者であり、また欧米の一流金融機関に働いている中国人元留学生がたくさんいるから、その手は前から考えられていた。だが、こうしたエリートたちはあまり母国に戻ろうとしていなかった。給料などの待遇を考えると雲泥の差があるからだ。

 

しかし、今回の米国に端を発した金融危機は、上海に人材獲得の絶好のチャンスをもたらした。リストラの波が欧米の金融業界に押し寄せる中、上海市金融当局は、底値を狙うつもりで海外の優秀な金融人材を積極的に取り込むと決めた。12月初め、そのための大規模な募集団が上海から出発した。行く先は、ニューヨークとシカゴのほかに、ロンドンも含まれている。募集団には上海に拠点を置く27の金融機関が参加しており、募集人数は約200人規模で、専門分野は銀行、証券、保険、投資信託、資産管理、リスク管理など多岐にわたる。

 

この数ヶ月で、ウオール街だけで何万人の失業者が出ているから、上海市政府の今回の募集活動はかなり期待できるだろう。しかし、優秀な人材が導入されても、上海に長期的に定住する保証はどこにもない。そもそも、上海市の戸籍の取得は他都市と比較して困難であるため、優秀な人材を引き留める環境が整っていない。元留学生にとっては、その多くが外国の定住権あるいは国籍を持っているから、戸籍制度の影響はあまりないが、子供の教育、医療サービスなどが問題となっている。香港やシンガポールに比べて高い個人所得税も大きな壁となっている。これらの問題だけを考えると、上海がニューヨークやロンドンのような国際金融センターになるまでは、まだまだ時間がかかりそうだ。

 

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<範建亭(はん・けんてい) ☆ Fan Jianting>
2003年一橋大学経済学研究科より博士号を取得。現在、上海財経大学国際工商管理学院助教授。 SGRA研究員。専門分野は産業経済、国際経済。2004年に「中国の産業発展と国際分業」を風行社から出版。
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