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エッセイ177:カタギリ、カノックワン・ラオハブラナキット「タイ情勢とシンボルカラー」

11月末、タイのバンコクで政権の退陣を求めて国際空港占拠事件が起きました。前代未聞のこの事件の背景をレポートします。

 

 
ご存知かもしれませんが、この事件の背景には2つのグループの対立が潜んでいます。
まず市民団体PAD。タクシン元首相に反対するグループです。タクシン政権の政策で職を失った都市部のビジネスマン、利権や権力を奪われた実業家、特権階級、エリート層が支持母体となっています。2007年8月の首相府占拠から始まったPADの大規模な抗議行動は、憲法を修正しタクシン氏の政界復帰を可能にしようとする前政権の打倒を目指すものでした。11月末の空港占拠の大胆な行動もPADによるものです。

 

もう一つはタクシン元首相の支持派。タクシン元首相が打ち出した貧困層の救済や農村部の振興政策により農村部の支持を集めました。国民の人口の4割を占めると言われるグループで、PADより数の多いグループです。そのため、選挙になればPADが負けてしまうという限界から、PAD側は首相府や今回のような国際空港の占拠行動に出たのです。

 

ところで、この二つのグループにはシンボルカラーがあることをご存知でしょうか。PADは黄色で、タクシン元首相の支持派は赤になっています。「黄色」は国王の生まれた曜日である月曜日の色で、「赤」はタイの国旗にもある色で、国家を意味しています。テレビでこの2つのグループの集会を見ればお分かりになるかと思いますが、それぞれ黄色いシャツと赤いシャツを着て抗議運動をしています。

 

この色分けは、抗議運動する人達だけではなく、一般市民にまで広がり、色を使って自分の立場を主張するようになりました。元々タイの人は色を使って自分の信念や気持ちを表す傾向があります。一週間の各曜日にも色があり、月曜日が黄色、火曜日がピンク、水曜日が緑、木曜日が橙、金曜日が青、土曜日が紫、日曜日が赤となっていて、各曜日にその日の色を身につけると運気が上がると信じています。2006年プミポン国王の即位60周年の年には、国王の誕生日が月曜日であることから、敬愛を表すために、毎週月曜日にシンボルカラーである黄色の服を着る習慣が始まり、町中黄色い服に染められ、一時的に黄色い服が品切れ状態にまでなりました。PAD側が黄色をシンボルカラーにしたのは国王への敬愛ぶりを強く表し、そういう主張をしたいからだと考えられます。

 

対立が高まった11月に、赤いシャツを着て大学に行くと、もしかしてタクシン派なのかと聞かれてしまいました。また、「学者=反タクシン派」という一般的な理解があることから、ある日、勤め先の大学に「爆弾を仕掛けた」という脅迫電話までがかかってきたこともありました。結局ただのいたずら電話でしたが、その事件の後、身の安全のため自分の立場を隠すため、黄色と赤以外の服を着る職員が増えたそうです。

 

 
私の勤め先には反タクシン派の人が多いのは確かです。しかし、タクシン元首相を支持する人も少ないながらいます。10月に大規模なデモによる犠牲者が出た時に、学部の教授会の決定により公務員・職員に1週間の喪服着用の推奨期間がありましたが、それに反発して、わざと赤い服を着る職員もいました。これまでにはないタイ社会における対立がシンボルカラーの使用とともにおきています。

 

しかし、11月末のPADによる国際空港占拠は、極めて異常な行動だと思う人がほとんどです。このことによりPADに対する国民の支持が離れ始めたという感もあります。国の信用と威信を大きく傷つけてしまったPADの行動を非難し、黄色の服を着る人が少なくなったような気がします。また、黄色のシャツを着ている人を嫌って、近寄りたくないという人も増えてきました。最近、平和を訴えるグループが登場し、黄色の代わりに平和を意味する白の服を着ようという動きまで出てきました。

 

そして、先週、タイの政界にまた新しい動きがありました。憲法裁判所の命令でソムチャイ政権が崩壊したため、野党だった民主党主導の連立政権が誕生する公算が大きくなりました。PAD側にとっていいニュースですが、タクシン派にとっては望ましくない結果になりました。今後しばらくはPADの抗議運動の代わりに赤いグループの抗議運動があるだろうと専門家が言っています。

 

同僚である日本人の先生にこう言われました。タクシン派ではない民主党政権になったら、しばらく黄色のシャツも赤いシャツも着ないことにしよう。身の安全のため。

 

この対立はまだまだ続きそうです。タイに遊びにいらっしゃる皆様、服の色選びにご注意ください。

 

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<カタギリ、カノックワン・ラオハブラナキット(ノイ)☆ Katagiri, Laohaburanakit Kanokwan (Noi)>
タイ、バンコク生まれ。チュラロンコン大学文学部学士、筑波大学地域研究科修士修了。筑波大学文芸言語研究課応用言語学博士取得。専門は、言語学、日本語教育。現在、チュラロンコン大学文学部日本語学科助教授。SGRA会員。
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