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エッセイ163:太田美行「在住外国人児童生徒への日本語指導及び教材開発について(その2)」

 

都内の公立小・中学校では、日本語指導が必要な外国人児童生徒が入学すると、各自治体の教育委員会に「日本語指導員の要請」を行う。そして教育委員会が日本語指導員を派遣するのだが、学校に日本語指導が必要な子供が多ければ国際学級(外国人児童生徒のための特別教室で日本語指導やその他の補習事業が行われる)が開設されるが、前述のように5人以下のケースが大半であるため、個別に日本語指導員が派遣されることが多い。指導時間は各自治体によって違っており、一人当たり1回2時間で20時間の場合もあれば36時間(必要に応じて延長あり)など様々である。新宿区などの日本語指導が必要な子供が多い学校(新大久保にある小学校では外国籍あるいは「外国につながりを持つ子供」(日本人とのダブルや、先祖が外国籍の児童など)が9割近くを占める)では、しっかりした学校独自の指導プログラムや熱意ある先生が国際学級を受け持っているが、多くの学校ではまず「どうしよう」と担任の先生が悩むことから始まっていることが多い。以前、東京都教育委員会でも外国人児童生徒受け入れのための冊子(国別に生活指導の要点等をまとめたもの)を作ったが、担当者が変わってしまうと、そうしたものの存在が忘れられたりしてなかなか広まらないという問題がある。

 

 
フォーラムでは各自治体や学校での意欲的な取り組みが取り上げられ、学校ごとの取り組み(学科教育の教材、「やさしい日本語」で書かれた教科書、ポルトガル語を用いた指導手引きなど)を共有できるよう、資料センターやインターネットで公開している自治体が紹介されていた。こうしたフォーラムによって教師間、学校間での取り組みの共有化が図られると強く感じた。フォーラムでも発表されていたが、最近新聞などでも注目されている「やさしい日本語」は有効ではないかと思う。これは子供だけでなく、大人にも該当するもので「避難してください」を「逃げてください」等のわかりやすい言葉やひらがなに置き換えるものである。災害時の案内や自治体からのお知らせに使われているが、外国人児童生徒のための教科書として使う例として、「明日家庭の時間に調理実習をするので、エプロンと三角巾が必要です」を「あした、家庭があります。料理をします(ごはんをつくります)。エプロンと三角巾をつかいます。もってきてください」とわかりやすく言い換える。このようにやさしい言葉に置き換えられた教科書を用いて学科教育を進めていくことで、「日本語がわからないだけで学習能力はある子供」にも対応していくことができる。このような「やさしい日本語」やルビを振った教科書を作る取り組みが現在一部地域や大学で進められている。

 

しかし教育委員会や文部省の認識はかなり不足しているように見受けられる。なぜならこうしたフォーラムに参加していない「一般の教師」たちがこのような便利なサイト情報や教材の情報を何も知らないからである。教育委員会が各学校に対して積極的に情報を提供しなければ何も実を結ばない。そもそも(一部地域を除いた)教育委員会自体にこの問題への認識がないのではないかとすら思ってしまうことも多い。これは外国籍人口が高い東京でも同様だ。さらに日本語指導員の待遇が悪いことも指摘され「このままでは裾野が広がらないし、そもそも日本語指導をやる人がいなくなってしまう」との危機感すら叫ばれ、会場内から大きな拍手をもらっていた。一人の熱意に頼るところが大きい割りに、正規の教師と異なり、低賃金で雇用が安定せず(数ヶ月の短期契約など)、正直なところ本業にするには「食べていけない商売」なのである。そのためか安定した経済的背景をもつ主婦がこの職に多いことも事実だ。今の時代、例えば月収27万円が派遣社員として働いて得られるのに、こうしたフォーラムに出席する教師や日本語指導員たちは、教育に対する熱意や使命感だけで続けている。

 

 
もっとも実際に現場の教師たちが何とかしたいと思っていても、日本語教育や学科教育に対する知識や時間がなかったりすることも多い。教師たちも日常業務で手一杯な状況の中、やむをえず一部の教師やボランティアの熱意にのみ頼っているように思えることも多々あった。ある教師が外国の教科書を山と積んだ写真を見せて「これは私一人で集めたものです。一人でもこれだけ集められるのに、どうして国や自治体が努力しないのでしょうか。いつまでも個人の努力に頼り放しの現状には限界があるのです」と訴えていたのは印象的であった。ちなみにこの教師は自分が勤務する自治体が「国際都市」を標榜していることに大きな皮肉を感じていると言う。

 

 
ある国際学級の先生に「日本語が全くわからない子供が日本語の教科書を習得するのに平均してどれくらいの年数がかかりますか」と聞いたことがある。「差はあるけれど大体5年程度」との答えをもらった。このフォーラムとほぼ同時期に行われた厚生労働省の「インドネシア人看護士・介護士雇用に関する説明会」では日本語能力検定2級程度の人材の雇用を考えており、日本の看護士試験に合格しなければ彼らは帰国しなければならないことが説明された。ちなみに日本語指導をする期間は「6ヶ月」とのことだった。

 

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<太田美行☆おおた・みゆき>
東京都出身。中央大学大学院 総合政策研究課程修士課程修了。シンクタンク、日本語教育、流通業を経て現在都内にある経営・事業戦略コンサルティング会社に勤務。著作に「多文化社会に向けたハードとソフトの動き」桂木隆夫(編)『ことばと共生』第8章(三元社)2003年。
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