SGRAかわらばん

エッセイ160:侯ヤンクン「すばらしき中秋の週末」

 

なんて素晴らしい中秋節の週末!この日、私は37歳になり、私の雇い主のリーマン・ブラザーズは倒産しました。なんて素晴らしいプレゼント!

 

まずはご無沙汰してしまった皆さんにお詫び申し上げます。あまりご連絡を差し上げませんでしたが、皆さんのことを忘れていたわけではありません。リーマンの倒産以来、メールや電話を通して暖かい言葉をいただきまして本当にありがとうございます。

 

それでは、私の近況をお知らせいたします。

 

娘のアリスは6歳になり、数週間前に小学校に入学しました。 息子のセイジは4歳になり、私よりずっとハンサムです(笑)。あいにく、過去3年の間、子どもたちと一緒に過ごす時間はあまりありませんでした。化学者から転職した証券アナリストの私は、コーネル大学を卒業してからとても忙しく、東京のUBS証券で1年、香港のリーマンで2年働いてきました。香港にきてからは、妻は育児に専念していますから、この2匹の幸せな小さな虎たちがすくすくと育っているのは、すべて彼女のおかげです。

 

この2年間、出張でどれくらいの距離を飛んだか当ててみませんか?

 

私たちは、この2年間に家族旅行を5回もしました。1回はこの夏に北京へ。もう1回は去年のクリスマスに三亜へ。残りの3回は、私の故郷の青島に行きました。全て、出張で集めたマイレージの特典です。これは自慢すべきことなのか、みじめな生活を示すものなのか、私にはわかりません。

 

リーマンでの仕事はとても楽しかったのです。今、私の人生の途中で職の安定を失って困っているということだけでなく、158年の歴史があるこの偉大な会社が倒産して、その名声がなくなるのを見送らなければならないのが大変悲しいです。

 

でも、リーマンとウォール街のこの半年間の激しい変化を経験したことは、私の人生にとって大きな資産になったと思います。最初は月ごと変わり、それから毎週、毎日、そして毎時間、最後は10分ごとに事態が変わりました。もし将来、自分のビジネスを経営するチャンスがあれば、もっと慎重になりたいものだと思います。MBAを取得した後も、たくさんのことを学び、たくさんの友たちができました。

 

本当は子どもたちと一緒に2ヵ月くらい、中国あるいはアメリカの大陸横断ドライブへ行きたいところです。でも、学校は、もう秋学期が始まってしまいました。どうせだったら、もうちょっと早く倒産してくれたらよかったのに。あるいはもう数カ月後に倒産してくれれば、私は国際アナリストのランクをもう一段あげて、スターアナリストになることができるはずだったのに。

 

どんな未来がくるのか今は定かではありませんが、ひとつだけ確かなのは、自分がもっとバランスのとれた人間になるだろうということです。

 

もう一度、皆さんからの励ましの言葉に感謝します。近いうちに、また一緒に飲みに行く機会があることを願いつつ。

 

(2008年9月26日)

 

★「その後」の報告(10月7日SGRAかわらばん会員だより)。

 

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リーマン・ブラザースが倒産してから今まで、みなさまから暖かい激励の言葉やご支援をいただきありがとうございます。

 

決して忘れられない、ものすごい半月間でした。現実に起こっている金融の津波の真っただ中に居合わせたわけですが、ある意味で幸運だったと思うこともあります。もっとも、もう一度この幸運を繰り返したいとは決して思いませんけど。中国のことわざによれば「最も危険な場所が一番安全」なのだそうです。

 

新聞でお読みになったように、結局リーマンはノムラホールディングスに買収されました。そして私たち全員が、ほとんどそのままノムラの従業員になります。給料や賞与、そして雇用年数もそのままです。(つまり、もしリーマンに10年間働いていたら、その分の10ヶ月分の退職金も、将来ノムラから支払われます。)会社の電話番号まで同じなんですよ。勿論、名刺は新しく印刷しなければいけませんけど。おまけに、法律上の何らかの理由で、10月の下旬まで働いてはいけないそうで、実際、それは私にとって好都合です(上司には言わないでくださいね)。

 

この2週間、毎晩家に帰って子どもたちと食事ができました。過去3年間できなかったことです。そして明日から1週間、四川省の九寨溝に家族旅行します。その後、香港に戻ったら、多分、毎日毎日市場の動向を見る代わりに、本を読んで過ごすでしょう。あるいは、香港の蘇豪地区や深せんを探索するかもしれません。そして、毎日毎日やかましい情報を処理して暮らす代わりに、人生や自動車産業や金融業について、もっと深く考えることができるでしょう。

 

なんてすばらしい、仏様(あるいはあなたの信じる神様をいれてください)からの贈り物でしょう!倒産から、グローバルな知名度はかなり低くなるけど安全な(皮肉にも今や世界で唯一の)投資銀行への異動、そして家族との休暇という道すじの、「貴重な体験」という贈り物です。

 

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<侯 延クン (こう・えんくん)☆ Hou Yankun>
2000年東京工業大学より工学博士取得、有機合成を専攻。エール大学医学院勤務の後、コネール大学でMBA。2005年から、UBS東京支社で一年間勤務の後、2006年にLehman Brothers香港支社勤務。中国自動車及び部品業界のEquity Analyst。

 

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