SGRAかわらばん

エッセイ158: 今西淳子「ナショナルナイト」

 

留学生の支援と同時に、CISVという異文化理解と平和教育を行うグローバル組織でボランティア活動をしている(www.cisv.org 参照)。世界各国から参加者が集まって2~4週間の短期合宿生活を送るもので、11歳から成人まで年齢にあわせたプログラムがある。現在、73カ国が参加しており、毎年世界各地250箇所で開催され、参加者は8000人。日本からも毎年150名を越える参加者を送り出し、各国から同数の参加者を受け入れている。

 

CISVはアメリカの児童心理学者のドリス・アレン博士によって始められ、1951年に第1回目のキャンプがアメリカのオハイオ州で開催された。しかし、現在、国際事務局はイギリスにあり、参加者もアジア太平洋地域が10%、南北アメリカ地域が30%、そしてヨーロッパ(一部中東とアフリカを含む)が60%と、圧倒的にヨーロッパが多い。また、国際総会では一国が一票を持つので、当然、方針決定は参加国数が多いヨーロッパが強い。つまり、いろいろな決まりごとの「国際標準」は欧米、特にヨーロッパがとることが多い。

 

57年前に最初に開催されたのは、CISVの中では最年少の子どもたちを対象としたビレッジと呼ばれる国際プログラムである。そこでは11歳の男子2名と女子2名と21歳以上のリーダー(引率者)がチームを作り、12カ国から12チームが集まって4週間の合宿生活を送る。遠足、オープンデー、ファミリーウィークエンド(ホームスティの週末)以外は、殆ど外部とは遮断された状況で、様々なゲーム、スポーツ、音楽やダンス、図画工作などを通して、文化の違う人たちとどうやって一緒に過ごすかを体験しながら学ぶ。ボランティア組織ながらも、当初より児童心理や教育に携わる学者が関わっており、50年の歴史があるから活動内容や経験の蓄積も豊富で、CISVの目的に沿う教育効果を得ることができるように指導者研修なども充実している。英語が公用語なので、参加者の中で一番話せないのが日本人だったりすることは珍しくないようだが、それでも11歳の子どもたちは言葉がなくても十分楽しめる。4週間が過ぎてキャンプが終わる時には、皆大泣きして別れを惜しむことになる。この11歳の体験が、大人になってから物事の判断に大きな影響を与えるという。

 

その11歳プログラムの中に「ナショナルナイト」がある。お国自慢の夕べである。日本のナショナルナイトには、日本的な料理を振る舞い、はっぴを着てソーラン節を踊り、筆で外国の友だちの名前を書いてあげたりする。上述のように、圧倒的に欧米諸国からの参加者が多いので、珍しい日本文化紹介はとても人気がある。日本の子どもたちにとっては、初めてゆかたを自分で着たり、ソーラン節を習ったりする自国文化を知る機会でもあるし、それによって英語はできなくても人気者になれるので自信をつけるチャンスでもある。つまり自己アイデンティティーを確立できる。もし空手などできたら、その子はもうキャンプのヒーローである。

 

ところが、14~5歳のサマーキャンプというプログラムになると「ナショナルナイト」はもうない。日本でいう中学生以上のプログラムには、それぞれテーマがある。たとえば、そのキャンプのテーマが「差別」だとすると、参加者はチームごとにそのテーマについて自国の状況を調べてきて発表したり、そのテーマに沿ったセッションを企画したりする。つまり国境を越えた共通の大きなテーマについて、参加者がそれぞれの角度から参加し、皆で考える。必ずディスカッションになるから、英語にもディスカッションにも慣れていない多くのアジアからの参加者にとっては結構大変である。珍しいからと注目を浴びることも少なくなる。民族衣装も特別料理もいらない。キャンプによって若干の違いはあるが、基本的にはお国自慢はもう卒業したのである。

 

毎年イースターの休みの頃に、国際プログラムのリーダーやスタッフ、そしてジュニアたちの研修のため、アジア太平洋地域、アメリカ地域、そしてヨーロッパ地域の3か所、計5か所でワークショップが開催される。その中で、唯一、「ナショナルナイト」をするのはアジア太平洋地域である。特にアジアの国々の参加者にとって、これは一大イベントである。皆、民族衣装を用意し、歌と踊りを練習して披露し、それぞれの国で人気のあるお菓子を持参し、盛大にお国自慢を楽しむ。実際、アジア諸国の文化がどんなに多様であるかを知る良い機会でもある。

 

しかし、たとえば、北ヨーロッパ地域のワークショップに集まった、スウェーデンとデンマークとオランダの中高校生たちが民族衣装を持参してお国自慢の夕べをすることは考えられない。彼らは既に「大人」の組織とは独立して、ジュニア部会を独自に運営しており、最先端のIT技術を駆使して、グローバルなネットワークを構築している。彼らの関心は、お互いの考え方や文化の差を知り、それをどうやって調和させていくかというよりは、いかに自分たちのグローバル組織を運営し、発展させていくかということなのである。ラテンアメリカも含む欧米のジュニア達の活動を見ていると、彼らにとって国境はあるのか、移動する航空運賃だけが問題なのではないかと思うほど、いとも軽々と実際に、そしてバーチャルに飛びまわっている。

 

 
日々の活動でそんなことを感じていたところ、先日、「EUが挑む民主主義」という新聞記事に興味をひかれた(朝日、2008年9月14日)。そこでは、ロンドン大学のヒクス教授の言葉を次のように引用している。「欧州議会の議決は『今や8割程度が議員の出身国ではなく政治会派に分かれて争った結果』。左派議員は国籍にかかわらず、環境問題では規制強化、移民には開放的、財政支出は増やす政策への投票傾向が強いのに対し、右派はその逆という。理事会でも閣僚らは必ずしも自国の損得で動かず、EUレベルで政策の適否を論争することが増えていると見る。『EUでせめぎ合っているのは各国アイデンティティーではなく政治思想だ』」

 

 
CISVの国際総会でも、ヨーロッパ各国の若い代表たちが、自分の国の利益というよりは、国際組織がどのように進むべきなのかということを中心に議論する姿を眺めていると、この「EUが挑む民主主義」も当然の展開のように思う。全てヨーロッパに学べばいいというわけではないが、グローバル化の大きな流れが逆行するとは思えないし、アジアの独自性を叫んでいるだけでは差異が広がるばかりであろう。欧州で進んでいる改革を知り、その意味を理解する必要はあるのではないかと思う。そして、国境を超えた地球規模の利益、あるいは人類の普遍的な価値を考える広い視野を持たせ、それを国際の場で語る力を養う教育の必要性を感じる。そのためには、あえてお国自慢を卒業させる必要がある場合もあるかもしれない。

 

 
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<今西淳子(いまにし・じゅんこ☆IMANISHI Junko>
学習院大学文学部卒。コロンビア大学大学院美術史考古学学科修士。1994年に家族で設立した(財)渥美国際交流奨学財団に設立時から常務理事として関わる。留学生の経済的支援だけでなく、知日派外国人研究者のネットワークの構築を目指す。2000年に「関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)」を設立。また、1997年より異文化理解と平和教育のグローバル組織であるCISVの運営に加わり、現在英国法人CISV国際副会長。
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(2008年9月19日)

 

 

【読者の声】

 

今西さんのCISVに関するSGRAメールを拝見して、嬉しくなってメール致しました。

 

エッセイ、大変興味深く読ませて頂きました。CISVの北欧のキャンプのことなどを思い出し、今西さんのご意見は、考えてみると本当にその通りだなと実感しました。

 

彼らは確かに「お互いの考え方や文化の差を知り、それをどうやって調和させていくか」というフェーズを飛び越えて、さらに一歩広い世界から物事を考えているように感じます。世にいうグローバルシティズンなんだなあと。

 

ヨーロッパは歴史や宗教、大まかな民族のバックグランドに関しても、アジアより共有していることがたくさんあるのは確かです。そんな前提を考慮しても、「EUが挑む民主主義」の国家や民族の枠組みを超えた考え方は、日本から見ると本当に異質だと感じます。

 

アジアが例えばASEAN+3のような地域間枠組みを今後想定したとしても、ヨーロッパのような国家を超越した考え方を、人々がすぐにできるようになるとは、日本人の私にはとても想像できません。

 

自分は、頭ではそういった考え方を理解しても、なかなか「日本」・「日本人」というパースペクティブを抜かして物事を考えられないのが現実です。これも島国・日本でぬくぬくと育ったせいなのでしょうか。

 

どちらの考え方がいいとか悪いとかではないと思いますが、今西さんもおっしゃる通り国際社会の中で、世界をまたにかけて主導的役割を果たすには、そうした〝世界的視点〟も持てることは非常に重要であると考えます。

 

そしてそのために日本人は語学力であったり、世界で影響力を行使する経験をたくさん積む必要があるとひしひしと感じます。(こうやって「日本人は・・」とすぐに日本視点で考えること自体、私が「島国・日本人」を抜け切っていない証拠なのかもしれませんが・・)

 

私事ですが日本でサラリーマンをしていると、視野を広げようと意識はしていても、気付くとどんどん視野が狭まっています。今回のエッセイを読ませて頂き、改めて自分の世界を広く持ち、色々な考え方ができることの大切さを再認識しました。どうもありがとうございました!

 

ゆぶ
(2008年9月26日)