SGRAかわらばん

エッセイ149:今西淳子「さまざまなオリンピック」

7月20日に開催した第32回SGRAフォーラムin軽井沢「オリンピックと東アジアの平和繁栄」は、60名もの参加者を得て盛会でした。当日参加してくださった朝日新聞アジアネットワーク(AAN)の川崎剛事務局長が、さっそくAANのホームページに報告してくださったので、是非ご覧ください。

 

朝日新聞アジアネットワーク
東京(1964)、ソウル(1988)、北京(2008)
五輪は東アジア情勢に何をもたらしたのか、もたらすか
-SGRAフォーラム「オリンピックと東アジアの平和繁栄」を聴いて

 

尚、講演録(SGRAレポート)は現在、超特急で編纂中です。SGRA賛助会員、特別会員の皆様には、北京オリンピックの開会式にあわせた発送をめざしています。

 

 
さて、いよいよ北京オリンピックもあと10日、日本の報道でも毎日テレビや新聞を賑わすようになりました。SGRA会員の皆さんも、北京で通訳ボランティアをする人、北京へ行ってオリンピックを観戦する人、テレビでじっくり観戦する人、自分の国の選手が勝つとテレビで見る人、たまにネットや新聞で様子を見る人、全く関心のない人・・・さまざまでしょうが、今日は、以前にSGRA会員に対して「国際オリンピック委員会は聖火リレーを続けるべきだと思いますか」と問いかけた時に送られてきた、ある少数民族の方の投稿をご紹介したいと思います。

 

内容のひとつひとつに対する反論よりも、何故、彼はこのような投稿をしなければならなかったのか、何故匿名にしなければならなかったのか、何故このように攻撃的な表現をしなければならなかったのかということを、「平和の祭典」をテレビで観戦しながら、少しでも思い出していただけたらと思います。そして、国の政策の良し悪しを政府に代わって語るのではなく、ひとりの人間として、自分と違った境遇に生まれた人々への関心と想像力と、人類の普遍的な価値である「人権」について語る力を養う機会にしていただけたらと思います。

 

—————————————————————-

 

<匿名投稿> 北京2008:中国共産党のオリンピック

 

チベット問題と「聖火リレー」をめぐって、中国と世界の対立はますます激しくなっている。チベットが得るべき地位をあたえなければならないと呼びかけている世界各国に対して、中国側は「チベット問題は中国の国内の問題である」とか、「聖火を妨害するのは世界平和に対する冒涜である」とか、「西側のメディアの報道は偏っている」とか叫んでいる。世界の声、チベット人の声は、中国人と中国政府の耳にはまったく入らない。その一方、中国は「聖火」「オリンピック」という「平和の象徴」を借りて、自分のチベット支配や人権侵害を正当化しようとしている。

 

 
中国のチベット文化や人権に対する侵害は誰の目にも明らかであるが、多くの研究者に論じられているし、紙幅にも限りがあるため、ここでは繰り返さない。ただ、2点ほど考えてもらえたいことを挙げる。第1に、現在、世界各国で亡命しているチベット人は14万人もいる。もし、チベット人が、ほんとうに中国政府側が宣伝しているように、真の「自治」を得たならば、なぜ、こんなたくさんのチベット人が命をかけて、亡命しなければならなかったのか? 第2に、14世ダライ・ラマ法王はチベット仏教の精神的指導者であり、ノーベル平和賞受賞者でもあり、チベット人だけではなく、世界中の人々からの信頼を得ている。チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ法王と対話すら行わない中国政府に、本当に信義があるのかは、チベット人だけではなく、世界各国の人々にとっても疑問である。

 

中国がチベット人の声、世界の声に耳を貸さない理由の一つは「聖火リレー」だから「妨害」してはいけないと云うことがある。「聖火」は確かに「平和」の象徴である。しかし、それを実施する者によって、性格が変っていくのも事実である。

 

 
「聖火リレー」の歴史を遡ると、古代オリンピックの発祥地であるオリンピアで五輪の火を採火し、初めて「聖火リレー」を実施したのは、まさに1936年にベルリンで開催された、「ヒトラーのオリンピック」とも言われている第11回夏季オリンピック大会であった。よく知られているように、ヒトラー政権がドイツ国民からの支持を得るため、宣伝効果を高めること目的に実施された「聖火リレー」と同大会は、ナチスのプロパガンダにもなっていた。当時、ヒトラー政権も「平和」の名を借りて、「聖火リレー」をおこない、世界各国の「平和の祭典」への参加を呼びかけていた。しかし、ヒトラーが監督していた同オリンピック大会は、世界に唾棄されるしかなかった。その後、1980年にモスクワで開催された第22回夏季オリンピック大会は、初めて社会主義国家で開催されたオリンピックであったため、世界社会主義陣営のボスとも言えるソ連当局は、大会施設の建設を急ピッチで行ない、モスクワのシェレメーチェヴォ国際空港を世界一のターミナルとして新たに改修した。また、西ドイツのあるポップグループが作った名曲「目指せ、モスクワ」が世界的にヒットし、「聖火リレー」も「順調」に実施されたものの、ソ連のアフガン侵攻によって、オリンピック史上最大のボイコット事態を招いた。すなわち、「聖火リレー」、平和の祭典オリンピックが独裁で、傲慢な政権によって実施される場合、いくら「平和」の名を借りても、世界的支持は得られない。

 

「聖火リレー」の実施にあたって、中国政府は膨大なお金をかけた。そして、このリレーの面倒をみなければならない各国政府も大量の費用を費やした。これに対して、中国国内も「教育や、貧困削減など、お金を使うべきところがいっぱいある。聖火リレーで費やすのは浪費であり、贅沢であり、まったく意味がない」という批判の声もある。

 

長野で実施した「聖火リレー」だけをみると、T大学のある中国人留学生学友会の幹部の話によると、「同大学中国人留学生学友会は普段毎年大使館から得る活動費用は30万円ほどであるが、今回は、学生を派遣するだけで、それの10倍以上ももらった」とのこと。それによると、中国大使館は今回日本各地から1000人以上の学生を派遣して、少なくとも5千万円位払ったことになる。これほどのお金があるなら、なぜ留学生の勉強に使わないのかと私は思う。

 

世界各国の批判のなか、中国側は強引に「聖火リレー」を実行したが、結局、醜態の限りを尽くし、見苦しい振る舞いになってしまった。

 

「1989年6月4日、天安門広場で一人も死んでいない」「ラサで弾一発も発射していない」と嘘をついた中国政府は、今回も、これほど批判を浴びた中、依然として中国の国民に「海外の聖火リレーは世界各国政府、各国の人民の支持を得て、大成功裏に終った」と嘘を言い続けている。

 

中国共産党にとって、スポーツは「党と国の威信を高める」存在である。中国選手が初めて、卓球の世界チャンピオンになったのは、「中国共産党の偉大な指導のお陰である」と云い、バレーのワールドカップで初めて優勝したのも、オリンピックで数々の金メダルをとったのも、「党のお蔭である」と宣伝してきた。オリンピックが北京で開催されるのは、中国共産党の「偉大さ」を証明することになる。だから、中国政府はそれを「成功」させなければならない。

 

そもそも欧米諸国は中国の人権状況の改善をねらって、2008年のオリンピック開催権を北京にあたえたのだろう。しかし、中国共産党支配下の中国の人権状況はほとんど改善していない。こうした状況のなか、オリンピック開催は完全に中国共産党支配の正当化の道具になってしまう。

 

 
1936年にベルリンで開催されたオリンピックは「ヒトラーのオリンピック」と言われているが、2008年に北京で開催するオリンピックは「中国共産党のオリンピック」と言っても過言ではない。ベルリン・オリンピック開催9年後、ヒトラー政権が瓦解した。モスクワ・オリンピック開催11年後、ソ連が崩壊した。北京オリンピックが何をもたらしてくれるのかを、わたしたちは見守っている。

 

 
—————————————————————-

 

今回のオリンピックではボイコットする国はなく、開会式には各国元首が出席し、盛大な「平和の祭典」が繰り広げられるでしょう。主催国である中国は、日本や韓国がそうだったように、いやそれ以上に、驚くほどたくさんのメダルを取るでしょう。軽井沢のフォーラムでは、「One China」ばかりが目立ち、北京オリンピックのスローガンである「One World, One Dream」の影が薄いのではないかという指摘もありました。もっとも、休憩時間には、「中華民族」にとって「One China」と「One World」は結構近いかもしれない、なんて話もありましたが・・・

 

軽井沢のフォーラムでは、オリンピックが、アジアでは日本と韓国(そして中国)、ラテンアメリカではメキシコで開催されただけで、他は全て欧米諸国で開催されている「北半球のイベント」であるということにも気付かされました。清水諭先生は基調講演において、軍や警察で守らなければならない状況、スポンサーとの契約に縛られて厭でも聖火リレーを走らなければならない選手たちの状況を紹介して、オリンピックは「内破」していると指摘されました。大国のナショナズムをさらに昂揚し、グローバル企業のコマーシャリズムにどっぷりと浸かった今のオリンピックを、どう改善すれば、人間の身体能力と美を競い、私たちに純粋な感動を与えてくれる真の「平和の祭典」になるのか、なんてことを考えてみても良いのではないかと思います。そして、良いアイディアがありましたら、是非SGRAに投稿してください。

 

勝手ながら、SGRAかわらばんは2週間お休みさせていただきます。次回は8月15日に配信する予定です。

 

——————————————
<今西淳子(いまにし・じゅんこ☆IMANISHI Junko>
学習院大学文学部卒。コロンビア大学大学院美術史考古学学科修士。1994年に家族で設立した(財)渥美国際交流奨学財団に設立時から常務理事として関わる。留学生の経済的支援だけでなく、知日派外国人研究者のネットワークの構築を目指す。2000年に「関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)」を設立。また、1997年より異文化理解と平和教育のグローバル組織であるCISVの運営に加わり、現在英国法人CISV International副会長。