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エッセイ029:金 外淑 「ボストンの生活:私にとってアメリカも日本も韓国も外国?」

幸運にも、現在所属している兵庫県立大学から8ヶ月間(2006年8月~2007年3月まで)ボストン大学の心理学部の心理臨床教育機関であるCenter for Anxiety and Related DisordersセンターのClinical Psychology Programに参加することになった。不安障害に対する認知行動療法という心理療法の理論と実践を学ぶ機会を得て、ボストンでの生活も5ヶ月目を迎えるところである。

 

在外研究が決まり渡米する直前までは人には言えない苦労もたくさんあった。やっとボストンへ出発日が決まり、留守期間中の大学や病院の仕事の手配や渡米準備などで、出発まで目の回るほど忙しい日々を過ごして、予定より5日間遅れてボストンに着いた。

 

私にとって、日本も外国生活であるが、さらにアメリカのボストンで研究や生活を経験できることをとても楽しみにしていた。しかし、着いた次の日、朝8時のmeetingに緊張の中で参加し、その後、挨拶、手続きなどで、どのように一日を過ごしたかがわからないぐらい本当にたいへんな1週間が過ぎた。このセンターは不安障害(パニック障害、強迫性障害、社会不安障害、全般性不安障害など)の専門治療機関で、アメリカでも名門として知られていることもあり、子供から成人まで患者の年齢は幅広い。研究室での生活は月曜日から木曜日までのハードなスケジュール(それぞれの専門の先生のsupervisionに参加する)は、日本での大学院生の時のことを思い出すぐ
らいたいへんだった。朝は早く、集団治療がある日は夜も遅い。患者のほとんどは仕事を終えて病院へ来るので、集団治療は午後6時から始まり、8時に終わることが多い。金曜日から日曜日まで、自由に時間を作ることができるのが唯一の楽しみである。

 

私は日本の異文化にも適応し、長期間日本で生活をしていることから、きっと言葉や文化の違いに慣れているはずだと思っていった。日本にいる時は、自分から積極的に人に挨拶をしたり、気軽に声をかけたりする私をみて、友人には時々「日本人ではないから、知らない人にも自然に挨拶ができるね」と言われた。しかし、自然体に「Hi」と挨拶できるまでは随分時間がかかった。もちろん、個人差はあると思うが、その状況に慣れないだけで、滞在国やその文化とはあまり関係ないと思った。実際にアメリカで生活してみると、ささいな文化の違いに接したときの反応(Culture Shock)は、同じ外国生活でも、状況が変わると感じることも異なってくることがわかる。今でも慣れないのはチップの計算やカードで支払うときのチップ代を書き合計
金額を記入するときである。もともと計算が苦手な私はいつも悩んでしまう。特に小切手で払うときに、その便利さをまだ感じていないのは、きっとこちらの生活に慣れていないことが原因だろう。

 

次に、こちらに来て気づいたのは、自分の専門分野(臨床心理学)以外は日本のことや自分の国(韓国)についてよく知らないということである。「日本に住んでいるから韓国のことはわからない」「日本人ではないのでわかりません」と言ってすまされることではない。私にとって、アメリカも日本も韓国も外国?—これからもう少し自分の専門分野以外のところにも目を向け、関心を持つべきだとつくづく思っているところである。

 

この頃、やっとボストンでの暮らしも慣れはじめ、日本にいると毎日時間に追われてできなかったこと、以前から訪れてみたいと思っていたところへの旅心が沸いてきた。週末には気軽に出かけられる日帰り旅行から2~3泊程度でニューヨークなどの近い都市へバスや電車を使っていける余裕が出できた。ボストン美術館をはじめ、ハーバード大学内にある9つの美術館と博物館、MIT美術館と博物館などはアパートから歩いて5~10分ぐらいなので時間があれば何度も訪ねた。さらにバスでゆれ、5時間かけてニューヨークのメトロポリタン美術館などを訪ねてみた。また、11月にシカゴで開催されたアメリカの認知行動療法学会に参加したり、南アフリカのケープタウンの国際学会に参加したりして、短い期間でも世界はひろ~いことをあらためて実
感することができた5ヶ月間だった。アメリカの生活はまだまだ始まったばかりである。残り3ヶ月は普段しないような新しいことにチャレンジしたい。来年2月末には、「うつ病の認知療法」の治療で世界でも名前が知られているPhiladelphia大学のBeck Institute for Cognitive Therapy Training Programに参加することにしている。どのような出会いが待っているだろう。今までとは違う自分を見出すかもしれないと思いながら、この経験が次の仕事へのモチベーションになることを期待している。

 

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金 外淑(キム・ウェスク ☆Kim WoeSook)
兵庫県立大学看護学部心理学系助教授。1998年度早稲田大学大学院で学位を所得し、大学教員、病院の臨床現場で心理士として活動中。
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