SGRAかわらばん

エッセイ013:範 建亭 「続・上海の住宅事情」

前回は私の住まい状況などを話したが、今回はその続きであり、別の角度から上海の住宅事情の一面を紹介したい。

 

1970年代末から始まった改革開放によって、中国の住宅制度も激変した。すなわち、従来の、国による一元的住宅建設投資体系を、住宅投資の一部を個人に負担させるような体制に変え、併せて都市部では個人の持ち家制度を奨励し、土地使用権付きの公有住宅、商品住宅が販売されるようになった。これは、経済発展の一環として不動産産業を重視するとともに、住宅不足や建設財政難などの問題の解決をも目指し、さらに公平な住宅供給体制の確立を目的としたものである。こうして、かつて配分されていた住宅は商品化され、都会を中心に不動産開発が急速に進められている。

 

だが、上海のような大都会の住宅価格は、近年、経済成長を上回るスピードで上昇し、市民の消費水準からかけ離れたものとなっている。一般市民にとって、住宅は一生で最大の買い物であるが、実際に暮らしていると、周りの環境に悩まされることは少なくない。その一つは内装工事の騒音である。

 

中国で販売されている住宅はほとんど内装なしのものである。せっかく大金を出して手に入れたものだから、購入者各自が自分で業者を選び、自分の好み通りの内装工事を施すことが一般的だ。そうすると、新築のマンションの場合、最初の半年か一年の間にあちこち内装工事を行っているので、うるさくてほとんど住めない状況である。

 

そして、もし全棟の部屋が一気に内装を済ませないと、その後も、時々その内装工事の騒音に悩まされる。私が今住んでいる部屋の上下の住戸は、内装なしの状態で他人に賃貸しているから、いずれか内装工事が行われる。その場合は工事が最低一ヶ月以上に及ぶから、いつも自宅で仕事をしている私にとって、とても耐え難い日々になる。

 

だが、頭が痛くなるようなことは騒音だけではない。ごみの処理、ビルの清掃、エレベータの運営、車や自転車の駐車、公共施設の利用といった日常管理に関するトラブルがよく起きる。それらの問題はどこでもよくあることであるが、最近、思いがけないような問題も出ている。不動産価格の急上昇が住宅の供給構造に影響を与えた結果、一般住宅が大きく不足しているのに対して、高級大型住宅では空き部屋が目立つようになっている。こうした住宅市場の歪を背景に、上海では「群租(グループ賃貸)」という現象が一つの社会問題として話題になっている。

 

「群租」とは、マンションのような普通の住宅を改造して、多くのお互いに知らない人に賃貸することである。大家さんが自らそういうことを行うこともあるが、一次借主が借りたものを再び他人に貸し出すことが多いようである。いずれにしろ、通常では一つの家庭が住むような住宅が旅館に変身してしまい、そこに十数人、ひどい場合は数十人が住むことになる。二段ベッドが並んでいる同じ部屋に、顔見知らずの人が住んでいるから、トラブルが絶えない。また、地方からの短期滞在者が多いので、出入りが激しい。静かな住宅地が突然「賑やか」となれば、そこに住む地元の住民たちの不安と不満が募るばかりである。

 

せっかく大金を出して購入したマンションなのに、突然隣の部屋が旅館になったら、誰でも黙っていられないだろう。トラブルがますますエスカレートする一方なのである。最近、「群租」の問題はマスコミにも大きく取り上げられ、また上海市政府も関連規定を修正して積極的に対応していくと表明しているが、これは法規だけでは簡単に解決できない問題であろう。

 

上海市の流動人口は昨年580万人(全市総人口の約三分の一)にも達しており、その人たちにはホテルや高級マンションに住めない人が多いに違いない。また、上海で定住した外来人口には、急騰した不動産価格と賃貸価格にため息をつく人も多いに違いない。一方、最近の取引規制による不動産市場の低迷を背景に、不動産に投機した多くのマンション購入者は、それを賃貸に回し、中高級の賃貸住宅が供給過剰の状況になりつつある。大型高級マンションを中心に発生した「群租」という現象は、まさに激変する大都会の住宅問題を反映する象徴的な出来事であると言える。

 

————————–
範建亭(はん・けんてい ☆ Fan Jianting)
2003年一橋大学経済学研究科より博士号を取得。現在、上海財経大学国際工商管理学院助教授。 SGRA研究員。専門分野は産業経済、国際経済。2004年に「中国の産業発展と国際分業」を風行社から出版。
————————–