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エッセイ002:羅 仁淑 「真夏には『うなぎ』と『ぼうしんたん』、なんで?」

日本では土用(どよう)の丑(うし)の日にうなぎを食べ、韓国では伏(ぼく)の日に狗湯(ぼうしんたん)を食べる。いずれも中国の五行説 、二十四節気 、十干、十二支 などと関わるが、うなぎと狗とはずいぶん違った結果になったものだ。

 

土用の丑の日だの、伏の日だのはそもそもどのように決まるのか。夏という季節はいつからいつまでをいうのか。西欧では天文学的基準から6月21日ごろから9月23日ごろまでを夏というらしいが、日本と韓国は全く同じく二十四節気を基準に6月6日ごろから8月7日ごろまでをいう。しかし、最も暑い時とされている「土用の丑の日」とか「伏の日」になるとかなり違う。

 

土用は各季節の終りの18日間なので、年4回あるが、一般に夏の土用(立秋前18日間)をさす場合が多い。そしてこの18日間のうち「日の十二支」が丑である日が「土用の丑の日」なのだ。要するに「土用の丑の日」は二十四節気と十二支によって決まる。ちなみに今年は7月23日、8月4日と2度あった。

 

しかし、「伏の日」は3回あって三伏(さんぼく)というが、二十四節気と十干によって決まる。夏至から数えて3回目の庚(こう)の日を初伏、4回目の庚の日を中伏、そして立秋から数えて最初の庚の日を末伏という。今年の初・中・末伏は7月20日、7月30日、8月9日であった。
これらの日に日本では「うなぎ」を、韓国では「ぼうしんたん」を食べる。まず、うなぎについてだが、DHAやEPAの他に多種のビタミンが豊富に含まれている。夏ばて防止には実に理に適った栄養食品だといえよう。しかし、それは事後的結果であって、そのいきさつはと言えばそれほど合理的ではなかったようだ。

 

うなぎを食べる由来については、大伴家持(奈良時代の政治家・歌人)が夏痩せする友人にうなぎを勧めている和歌が万葉集に収められているなど諸説があるが、どうも平賀源内(江戸時代の学者・医者・作家・発明家・画家)説が主流を成しているようだ。その説によると、夏のうなぎは脂が少なく味がかなり落ちていて商売が成り立たたない。困り果てたあるうなぎ屋が近所の平賀に相談を持ちかけたところ、「丑の日に『う』のつく物を食べると夏負けしない」という民間伝承をヒントに「本日丑の日」と書いて店先に貼ることを勧めた。「物知りで有名な平賀のいうことだから・・・」が話題になり大繁盛。それが「土用の丑の日」=うなぎの日となったそうだ。

 

韓国はどうか。そもそも「伏の日」ってなに?なるほど人と犬が合体された文字ではあるが、どういう経緯でぼうしんたんになっちゃったのか。『東国歳時記』(李王朝第22代正祖大王(1752~1800)の時刊行された書物で、年中行事などの風習が項目別に解説されている)によると、「伏の日」は元々中国「秦」、「漢」の時代から先祖のお墓に参り狗肉で祭祀を行うとても大切な日だったが、既にB.C. 679年からは朝鮮半島にも広まったという。

 

「伏の日」の解釈は色々あるが、「避けて隠れる」と「闘う」が最も有力である。中国の後漢時代の劉煕により書かれた『釈名』によると、「伏」という文字は五行説に基づいており、秋の涼しい「金気」が暑い「火気」を恐れて伏し隠れるという意味を表すためにできたという。ここからは「火気」の勢いが最も旺盛な「伏の日」に元気を付けて暑さに向かうというニュアンスは伝わってこない。

 

他方、暑さに積極的に向かうという理解がある。李王朝時代の常識を問答形式で紹介している『朝鮮常識問答』は、「伏」を「暑気制伏」と表し、「折る」と解釈している。漢医学者たちはこの暑さと闘うという考え方に立ち、「拘肉は毒がなく、五臓を楽にし、血行を良くし、胃を丈夫にし、骨髓を満たし、気力を補強し、体を温める働きをする」という『東医宝鑑』(1596年から執筆に着手し1613年 11月に刊行された25分冊の膨大な漢方・東洋医学書である)の記録を持ち出し、さらに五行説を用いて「伏の日」と「ぼうしんたん」を見事に繋げる。すなわち、夏は「火気」が多く、鉄を溶かす。とくに「火気」の絶頂である「伏の日」には暑さを折るため、鉄を補給しなければならず、狗は鉄の気運を多く持っているという。五行説など知らない私にもつい頷いてしまうほどの説得力がある。

 

亡父はぼうしんたんが大の好物だった。しかし家で食べさせてもらうことは夢のその夢だった。お店で食べてきたことがばれた日は賑やかな夫婦喧嘩の日だった。母は同じ食卓で食事できないと騒いだ。母の迫害を耐え抜き「ぼうしんたん好き」を止めなかった父が懐かしい。しかしぼうしんたんを試して見たい気にはとうていならない。

 

ちなみに西洋でも7月3日から8月11日の間を「dog days」というが、一番明るい恒星シリウス(英語名:dog star)が太陽と同じ時刻に出没する時期だということで、その星座名に因んでdog daysと言っているだけの話で、韓国的意味とは程遠い。

 

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羅 仁淑(ら・いんすく)
博士(経済学)。SGRA研究員。
専門分野は社会保障・社会政策・社会福祉。
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