SGRAメールマガジン バックナンバー

Min Dongyup “Encounter with ‘Historical Thinking'”

*********************************************
SGRAかわらばん785号(2019年8月22日)
*********************************************

SGRAエッセイ#607(私の日本留学シリーズ#34)

◆閔東曄「『歴史的な思考』との出会い」

ふと気づくと、日本での留学生活も10年をすぎている。今では大学院で歴史の研究をしているが、10年前には想像もできなかったことだ。しかしよく考えてみれば、これまでの経験が積み重なって今の研究の原動力となっている。どうして私はここにいるのか。その発端は留学の2文字にはあまりにもふさわしくない出来事だった。

韓国で大学に入学し、経済学を専攻しようと思っていた私は、どこにでもいるような、海外とは縁のない普通の大学生だった。兵役のために大学を休学し、その後復学を望んでいた私は、韓国社会に敷かれているレールに乗ってそのままその後の人生を進めようとしていた。大学を卒業すれば安定した職場に就職し、結婚をして家庭を築き、幸せな生活を送る。それとは違う人生を思い描く余裕も、能力も、その頃の私にはなかった。しかしそれと同時に、なぜか漠然とした不安を覚えていた。このままでいいのだろうか。私はいったい何がしたいのだろうか。新しい刺激を求めて旅行に出ることを決心したのは、こうした不安に自分なりに答えようとしたからである。そして行くからには、韓国国内ではなく、まったく違う世界を経験してみたいと思った。中学生の時からJ-popやアニメ、漫画に接していて日本に関心を持っていた私が、はじめての海外旅行先として日本を選んだことはもしかすると自然なことだったのかもしれない。

こうして10日間のバックパック旅行がはじまった。関東地方と関西地方を夜行バスに乗って回った。はじめて訪れた「海外」は何もかもが新鮮で驚きの連続だった。しかし私が旅行中に感じたことは、「カルチャー・ショック」という言葉で簡単に片付けてしまうことのできないものだった。韓国で生まれ育った私にとって、日本で経験するすべてのことが、韓国人としての「自己」とは異なる「他者」を経験し、「自己」について省みるきっかけとなったのだ。またそれは、はじめて私に「国」というものを意識させてくれた。旅行から帰ってきた私は、日本での経験を忘れられず、再び日本行きを準備した。そして3ヶ月後、大きなスーツケースを持って、私は新宿駅西口に降り立った。

日本語学校で日本語を一から学びなおす、という生活がはじまった。今振り返ると、日本語の勉強だけが目的だったわけではない。旅行中に受けた衝撃を、それを経験させてくれた日本という国にしばらく滞在しながら自分なりに消化しようともがいていた。それまでの「私」を成り立たせてきた「韓国」から解き放たれた瞬間、「韓国」も相対化でき、「日本」について勉強することによって「国」とは何かについて真摯に向き合えるような気がしたのだ。そしてそうしているうちに、それまで自明だと思ってきたことが、自明ではなくなった。人は、「常識」を疑い、それがなぜ「常識」となったのかについて思考をめぐらす時、自然と歴史的な思考につながっていく。

韓国と日本の間には、長らく解決困難な歴史認識の溝が存在する。「国」を相対化しはじめた私は、それらを解決するためにはどのようなことが必要なのかを考えるようになった。大学でより専門的な勉強がしたいと思うようになり、そのためには大学の専攻を変える必要があった。日本でもう一度大学受験をし、日本の大学で様々な学問に触れることになった。大学では、リベラル・アーツを重視する風土のなかで、様々なディシプリンから韓国と日本の歴史問題についてアプローチすることができた。さらにそれだけでは満足できず、今度は歴史認識問題の解決のために必要な思考を、研究を通して自ら創り出したいと思い、卒業後に大学院の道を選んだ。そして現在、近現代朝鮮史と日朝関係、特に思想・文化を中心に研究を進めている。

歴史認識問題そのものは、どこにでもある普遍的な問題である。そうした問題を生み出す思考の構造について、そしてそれを乗り越える思考のあり方について、日韓の近現代史という具体的なフィールドを通して考えていくことがこれからの私の課題である。私が日本留学を通して勉強できたことは、私たちの思考の前提となるものを見つめなおすことであり、自明なものを相対化し、「常識」の背後にある構造を見抜く歴史的思考力にほかならない。

<閔東曄(ミン・ドンヨプ)Min Dongyup>
渥美国際財団2018年度奨学生。韓国ソウル生まれ。横浜国立大学教育人間科学部卒業。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士後期課程単位取得後退学。現在、東京大学大学院総合文化研究科研究生、横浜国立大学・武蔵大学・フェリス女学院大学・日本健康医療専門学校等非常勤講師。専門は、歴史学、近現代日朝思想史、日韓(朝)地域研究。特に、「近代の超克」をめぐる帝国/植民地の思想空間に関心を持って勉強中。

*********************************************
★☆★SGRAカレンダー
◇第8回SGRAふくしまスタディツアー
「『ふるさと』の再生」(2019年9月21日~23日、福島県飯舘村)

第8回SGRAふくしまスタディツアーへのお誘い


※定員に達したので募集を締切りました。
◇第5回アジア未来会議(2020年1月9日~13日、マニラ近郊)
「持続的な共有型成長:みんなの故郷みんなの幸福」
※参加申し込み受け付け中。論文募集は締切りました。
http://www.aisf.or.jp/AFC/2020/
アジア未来会議は、日本で学んだ人や日本に関心がある人が集い、アジアの未来について語る<場>を提供します。

★☆★お知らせ
◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応)を開始!
SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別にお送りしますので、ご興味のある方は下記より登録してください。
https://kokushinewsletter.tumblr.com/

●「SGRAかわらばん」は、SGRAフォーラム等のお知らせと、世界各地からのSGRA会員のエッセイを、毎週木曜日に電子メールで配信しています。どなたにも無料でご購読いただけますので、是非お友達にもご紹介ください。
●登録および配信解除は下記リンクからお願いします。

無料メール会員登録


●エッセイの転載は歓迎ですが、ご一報いただければ幸いです。
●配信されたエッセイへのご質問やご意見は、SGRA事務局にお送りください。事務局より著者へ転送します。
●SGRAエッセイやSGRAレポートのバックナンバーはSGRAホームページでご覧いただけます。
http://www.aisf.or.jp/sgra/active/sgra/
●SGRAは、渥美財団の基本財産運用益と法人・個人からの寄附金、諸機関から各プロジェクトへの助成金、その他の収入を運営資金とし、運営委員会、研究チーム、プロジェクトチーム、編集チームによって活動を推進しています。おかげさまで、SGRAの事業は発展しておりますが、今後も充実した活動を継続し、ネットワークをさらに広げていくために、皆様からのご支援をお願い申し上げます。

寄付について

関口グローバル研究会(SGRA:セグラ)事務局
〒112-0014
東京都文京区関口3-5-8
(公財)渥美国際交流財団事務局内
電話:03-3943-7612
FAX:03-3943-1512
Email:[email protected]
Homepage:http://www.aisf.or.jp/sgra/
*********************************************