2025年度奨学生 秋季研究報告会報告


2026年9月26日(土)、2025年度渥美奨学生による秋季研究報告会が、鹿島建設の研修施設KX-LAB(東京都豊島区)で開催されました。原田健事務局長の司会のもと、渥美直紀理事長の開会挨拶に続いて、韓国、香港、日本、ベトナム、中国、イタリア出身の8名の奨学生が登壇しました。研究テーマは戦後文学や近世思想史から、細胞工学、看護学、言語習得、現代中国政治、教育デザインまで多岐にわたり、分野と国境を越えた知が一堂に会する、実に学際的な交流の場となりました。

最初に登壇した東京大学の李在昶氏は、1945年から1989年までに発表された小説を対象に、戦後の作家たちが天皇や天皇制をどのように表現しようとしたかを論じました。中野重治や大江健三郎ら9人の作品をたどると、敗戦直後から1950年代半ば、高度経済成長期、1970年代以降という三つの時期における表現の変化が見えてきました。表現しにくい主題に挑み続けた文学の営みが、一つの系譜として鮮明に浮かび上がりました。

続いて、東京大学の廖嘉祈氏は、江戸時代後期の水戸学派による中国史の受容を、四つの事例から考察しました。中国史の受容には「比較」「編集」「拒否」という複数の側面があったことを示しました。明治維新を支えた思想の源を東アジアの歴史経験にも求める視点を提示し、西洋化を軸とする従来の維新像に新たな奥行きを与える発表でした。

東京大学の西本和生氏は、細胞センサの検出能向上を目指し、中空ハイドロゲル粒子を用いた昆虫細胞のコロニー単離法に取り組みました。細胞ごとの応答のばらつきや、単一細胞からの増殖の難しさという課題に対し、中空ハイドロゲル粒子の中で細胞を培養・単離する手法を考案しました。細胞センサの性能向上や、疾患検出への応用が期待される研究でした。

千葉大学の岡本聡美氏は、認知症の高齢者が一般病棟でも自分らしく過ごせるよう、「環境づくり看護実践ガイド」を開発しました。専門家への聞き取りなどをもとに、8原則と111の具体策からなるガイドを作成し、一般病棟でその有用性を検証しました。日々の看護実践を「環境づくり」として捉え直し、患者のもつ力や自発的な行動に目を向けることの大切さが伝わる発表でした。

休憩時間には、2025年度・2026年度の奨学生やラークン(元奨学生)、指導教員の先生方、渥美国際交流財団の皆様と、研究の話題をはじめ、さまざまなことについて語り合うことができました。

後半は、東京外国語大学のグェン ヤ トーアイ ユー氏の発表から始まりました。大規模コーパスを用いてベトナム語の量化表現の共起パターンを明らかにするとともに、日本語を母語とする学習者とベトナム語母語話者の作文を語彙の多様性を指標に判別できることを示しました。データに基づく緻密な分析は、言語教育の現場にも多くの示唆を与える研究でした。

慶應義塾大学の許楽氏は、「失業のない」社会主義社会がどのように維持されていたのかを問い、中国における「失業消滅」の舞台裏を論じました。地方政府、企業、基層組織、労働者などの相互作用と、制度運用を支えた非公式な調整に注目し、そこで形成された制度や利害関係が、改革開放後の雇用政策にも影響したことを示しました。

筑波大学の楊氏は、秘密結社「哥老会」の変容を通して、中華民国期(1911〜1949年)における国家と社会の関係を分析しました。地方公文書の分析から、哥老会は国家の介入に抵抗するだけでなく、状況に応じて柔軟に適応していたことを示しました。特に日中戦争期から内戦期にかけて、国民政府の社会統合や総動員体制を利用して国家体制に浸透し、基層統治や中国の政治状況にも影響を及ぼしたといいます。この分析は、国家建設が地域社会の構造的な限界に直面する一方、社会側には自律的に秩序を保つ力があったことを明らかにしました。

最後に登壇した国際基督教大学のスパーノ ファビオ氏は、モンテッソーリの「子どもの家」や「セサミストリート」から、AI支援型のゲームベース学習まで、6つの事例を比較しました。学習者の「間違い」を単なる失敗ではなく、学習に役立つ情報、さらにAIやデジタルシステムが支援や調整に活用する情報として捉える視点を示しました。イノベーションとは過去を捨てることではなく、既存の知識に新たな教育的役割を与えることだと論じ、「イノベーション=先行事例+1」という明快な命題を示しました。

いずれの発表も専門性の高い内容でありながら、異なる分野の聴衆にも伝わるよう、分かりやすく説明されていました。そこには、研究と真摯に向き合ってきた時間の厚みが感じられました。発表ごとに指導教員の先生方から寄せられたコメントは、研究の意義を改めて照らし出すとともに、発表者への温かな励ましにもなっていました。終盤には片岡達治理事、平川均理事、劉傑理事が総括を述べられ、今西淳子常務理事の閉会挨拶をもって、報告会は和やかな雰囲気のうちに締めくくられました。

これまで研究を積み重ね、今回の報告会で成果を発表された皆様、本当にお疲れ様でした。一つの到達点であると同時に新たな出発点でもある今回の報告会を節目として、それぞれの研究が国や分野を越えて広がり、社会に新たな価値を生み出していくことを願っています。

文責:柳 雅凜(2026年度奨学生)