2024年度奨学生春季研究報告会報告


2025年3月1日(土)、財団ホールにて2024年度奨学生春季研究報告会が開催されました。2024年度の奨学生をはじめ、財団理事および選考委員の先生方、2025年度奨学生、財団関係者の方々がホールに参集し、報告者の指導教授の多くも当日オンラインで参加してくださいました。今年度も昨年度と同様に16名の奨学生が春季と秋季の2回にわけて研究報告をします。

はじめに渥美直紀理事長からご挨拶があり、財団の理念を再確認し、多大なご支援をいただいた研究成果を報告するにあたり気持ちが引き締まりました。その後、原田健事務局長による総合司会のもと、2024年度奨学生のうち秋季発表予定者が司会やタイムキープを交代しながら、春季発表の8名が博士論文の概要について報告しました。

 最初の報告者、奥田弦希さんは「二重制期ハプスブルク帝国のムスリム及び対ムスリム政策―イスラームの法的公認過程を中心に―」と題した報告を行い、イスラームの諸規定・慣習と既存諸法との接合過程を立体的に提示されました。家族のあり方が国家の根幹に関わることが政府から重要視されていたという知見は、日本史を専攻する筆者にとっても大変勉強になりました。

2番目に、イドゥルスさんが「マンガにおけるオノマトペ―日本語からインドネシア語への翻訳をめぐって―」と題し、オノマトペが多くみられる日本語のマンガをオノマトペが少ないインドネシア語へ翻訳する際の戦略について明らかにしました。実際のマンガの版面を見せていただき、わかりやすいご報告でした。

3番目の張?さんは「エネルギー資源をめぐる日中関係史」として、近代中国はいかに石炭の安定供給を確保できたのかという問題関心のもと、日本が輸出していた石炭に着目し、中国と日本の経済発展の関係性を経済史的観点から明らかにされました。石炭に依拠した経済発展の持続可能性という現代的観点からも興味深くうかがいました。

休憩前最後は、マスティヤゲ ドン スディーラ ハサランガ グナティラカさんが「Coherent Ising machines with chaotic amplitude control: extension to quadratic unconstraint binary optimisation and heuristic models」と題する報告を行い、大規模組合せ最適化の応用問題を光の量子コンピュータの一つの数値モデルで解けることを証明しました。文系の私からすると難解な数式がたくさん登場する報告ではありましたが、最終的にはMRIなどに活用されていくことを知り、期待感が膨らみました。

休憩を挟み、私、黒滝香奈は「近世日本の用水組合運営に関する研究―大藩周縁地域に着目して―」という報告を行い、大藩福井藩の周縁部に位置する十郷用水を事例に、近世用水組合の管理とその変容を検討しました。水の管理や利用という問題は、時代・国を超えて共通する重要なものである一方、私は常に近世地域史の中で考えてしまいます。この一年間、より大きな視野を持つ重要性を、財団の方々からご教示いただきましたので、今後の研究に活かしたいと思います。

6番目のラクスミワタナ モトキさんは、「Romance of the Three Kingdoms:タイ保守主義の思想形態」というテーマでタイの保守派の思想・特徴を検討し、世界的な右派の台頭の文脈のなかでタイの政治を位置付ける試みを発表されました。アクチュアリティのある研究で刺激的な内容でした。

7番目の閻志翔さんはオンラインでの参加となりましたが「鑑真と奈良時代後期の仏像史―造形・思想・儀礼―」をテーマとして、鑑真の来日が日本の仏像制作に与えた影響の実態を解明しました。仏像をみるのが好きな筆者からすると、多くの仏像の写真を見せていただけて幸せな時間でした。

最後にイドジーエヴァ ジアーナさんにより「今村夏子の作品における暴力性―ディスコミュニケーションと排除のシステムをめぐって―」という報告がなされ、現代日本文学の中でも特異な存在感を放つ作家、今村夏子の作品に内在する暴力性や排除のメカニズムを分析し、その作品の現代日本の社会における意義が考察されました。今村夏子さんへの愛が溢れるご報告で、ぜひ作品を読んでみたいと思いました。

各発表後、指導教授の先生方から、そして最後に総括として財団の先生方々から貴重なコメントや質問をいただきました。博士論文の研究意義を改めて確認できたと同時に、これから研究者として歩むなかで、真摯な姿勢や真剣な工夫・努力が必要なことも再認識しました。また、専門外の先生方と話すことによって、自分自身とは異なる視点から、今後の研究に繋がる有益なご助言・ご意見をいただくことができました。
最後に、今西淳子常務理事から閉会の挨拶をいただき、研究報告会は閉会しました。財団のホールに飾られている雛人形にまつわるお話をうかがい、財団をとりまく長い歴史を実感しました。私たち奨学生は、奨学金をいただいたことで大変有意義な一年間を過ごすことができました。また、私は日頃とても狭い世界で生きているため、様々な国籍や背景を持つ奨学生と一年間の活動を通して交流を深められ、得難い経験をさせていただきました。今後もラクーンとして国際交流・理解の促進を図る財団の信念を引き継ぎ、ささやかな貢献ができれば幸いです。


当日の写真