2022年度奨学生春季研究報告会報告


2023年3月4日(土)に2022年度渥美奨学生春季研究報告会が財団ホールにてハイブリッド形式で開催されました。2022年度奨学生全員をはじめ、2023年度奨学生や財団の方々も多く対面で参加されました。

開会にあたって、渥美直紀理事長から財団の趣旨や奨学生に向けたお言葉をいただき、渥美国際交流財団の理念と大切な支援を継続していることを改めて確認できました。その後、角田英一事務局長の総合司会のもと、秋季に発表予定の2022年度渥美奨学生が代わる代わる司会とタイムキープを担当しながら、研究報告会が行われました。最初の方でオンライン参加の方の音声が聞こえないというトラブルもありましたが、司会のアキルさんとタイムキープのノーラさんの機転で、桜の名所の話をしながら和やかな雰囲気で進みました。奨学生の皆さんの分かりやすい解説で理系・人文系様々な報告がされ、非常に有意義で楽しい報告会となりました。

最初の陳虹宇さんは、不斉中心を持つ化合物を選択的に合成する手法の開発について発表しました。左手と右手のように鏡に映すと違うものになるという不斉中心の説明が非常にわかりやすく、機械学習を用いた選択的に合成を進める触媒開発は将来のスタンダードになると期待させるようなワクワク感の伝わる報告でした。

次の廣田千恵子さんはモンゴル国カザフ人の天幕型住居と呼ばれる移動式住居内部の装飾文化について報告を行いました。粘り強く交渉して譲ってもらったという装飾の実物は、とても緻密かつ色鮮やかで心奪われました。婚姻の時の自身の勤労さや敬意を表すこれまでの社会的位置付けから、既製品を購入してでもカザフのアイデンティティとして飾ることを選ぶ文化の継承という変遷が印象に残った報告でした。

3番目の趙炳郁さんの発表は、人工血管などの3次元組織に液体を流す灌流装置の開発についてでした。これまでの装置に比べ、小型で30秒程度の短時間でメンテナンスが終わるというのは驚きでした。特に、磁気で駆動するモーターを用いる発想は単純ながら、発展性があると感心しました。

4番目の近藤慎司さんの発表は、出力性能をできるだけ保つようなリチウムイオン電池の開発でした。身の回りの界面活性剤を使うことで、電極等に予め被膜を施したりすることなく、電池を使いながら出力性能を保つ仕組みを動的に作る発想力には感心しました。

休憩を挟み5番目の発表は、朴峻喜さんの韓国鉄道組合のストライキが社会的支持についての報告でした。日本ではストライキが学生含め社会で支持されることが少ないように思われますが、朴さんの研究によると韓国では学生等にも非常に多くの支持がありました。取り上げられている頻出単語の解析や時代背景を通しながら、社会公共性が若者たちの支持に繋がったことを明らかにしていました。このように俯瞰的に事象を調べ、かつ表層的な報道を超えた綿密な調査の姿勢は見習いたいと思いました。

6番目の武内今日子さんの発表では、男女二元論に当てはまらない「Xジェンダー」と呼ばれるカテゴリーに対して、1990年代からの社会的な取り上げられ方や当事者間でどのように共有されてきたのか、その認知が何を可能にしてきたのかを網羅的に取り上げました。あくまで客観的に、資料も少ない中、独自の視点で個別の事象を丹念にまとめた研究は、今後も振り返られるべき重要なマイルストーンになるように感じました。呼称は違うが、90年代に既に「Xジェンダー」が認知されていたことも驚きでした。また、性同一性障害の特例法でむしろ二元的な性の固定観念化が一般のみならず、当事者間でも進んでしまったことや、「Xジェンダー」の定義が曖昧だからこそ暫定的な居場所とできるという観点など、新たに学ぶことが多い有意義な発表でした。

7番目次の譚天陽さんは、JASRACなどの著作権の集中管理団体に所属しない著作権者の権利も管理できる拡大集中許諾制度について、中国を中心としながら、日本やアメリカの事例を比較し、分かりやすく課題点をまとめていました。拡大集中許諾制度の意義と難しさ、そして各国での解決策はとても考えさせるものでした。

そして、最後に私、森崇人は、量子もつれというミクロな系特有の相関を元にした時空の幾何学について報告を行いました。理論物理と量子情報理論の交点である本研究は、中々一般の方には理解が難しいところもありましたが、「私たちはどこから来たのか」「実在とは何か」「私たちは何からできているのか」このような哲学的な問いから始めて、理論物理学の手法の一般論や、どう私たち理論物理学者が時空や重力、量子性を理解してきたかを説明しました。特に、私の研究対象であったホログラムとしての時空は一般の人々の哲学観にも影響を与える興味深い視点だと思っています。「NHKの番組みたい」というお言葉も頂きましたが、面白さが伝わったのなら嬉しいです。

各々の発表後には理事や選考委員、指導教官の方々から有益なコメントや質問を頂きました。発表やコメントを通して、異分野への理解・関心を深めることができたと思います。

最後に、渥美伊都子顧問からは財団の歴史を振り返りながらご挨拶をいただき、2022年度春季研究報告会は閉会しました。挨拶の中の財団のホールに飾られているお雛様は顧問がイタリアで生まれたときに日本からおばあさまが贈ってくれたものであり、一世紀近く前に船で海を渡ってきたという話がとても印象に残っています。この場を借りて、日頃から渥美財団の皆様から受けた支援に心より感謝申し上げます。これからもラクーンの一員として、渥美奨学生としての誇りを持ちながら、より一層研究や国際交流に励んでいきたいと思っています。


文責:森崇人(2022年度奨学生)
当日の写真