2019年度奨学生研究報告会報告

2020年3月7日(土)、2019年度渥美財団研究報告会は、新型コロナウイルスが世界中で猛威を振る中で、万難を排して予定通り財団ホールにて開催された。感染拡大の防止のため、参加者を少人数に限定し、また親睦会を中止する措置が取られた他、ほぼ全員マスク姿で現れると例年と異なる雰囲気だった。集会自粛のためイベントが次々と中止される中、おそらくいつもより長い間に家に閉じこもっている我々にとって、外に出て人と会い、気分を晴らす良い機会でもあった。

例年通り、発表会の冒頭で、渥美伊都子理事長からご挨拶並びに廊下に展示されているゆかりのある段飾りのひな人形のご紹介があった。本来16名の発表者からなる今回の研究報告会は、渥美財団史上最大規模となる予定だった。しかし、新型コロナウイルスの流行のため、アントナン・フェレさんと陳昭さんが来られず、また出産を控えたズザンナ・バラニャク平田さんがお休みになり、第25期の渥美奨学生13名が発表を行なった。

私は去年9月に渥美ファミリーに入ったため、前年度の研究会に参加できなかった。そこで、今回の発表資料を準備する際に、唯一参考にできたのは、今西理事が案内に書いた以下の一節である。「「研究の意義」を中心に、子供にもわかるようにやさしく説明してください」。12分の枠の中で博士課程の研究をまとめて専門外の方々にもすぐわかるように伝えることはチャレンジングではあったが、自分の研究内容、当初の問題意識や、より多くの人にとっての意義を見直す良い機会となった。

13人の研究報告を通じて、私はこれまで主に食事会で話した奨学生同期の研究を初めて詳しく聞くことができた。それぞれの研究テーマからその問題関心が窺われ、さらにそこに辿りついたそれぞれの豊かな人生体験も知ることができた。ナーヘドさんは金子みすゞの大正期の童謡研究における位置づけ、陳?さんは、北村透谷と明治初期におけるロマン主義的思想の形成、郭馳洋さんは、明治日本の哲学言説と「批評」の形成、金信慧さんは、韓国の高齢者の自殺予防のための地域サポートシステム、頼思?さんは東アジアにおける女仙信仰、李澤珍さんは、近世日本のイソップ寓話受容と出版文化、ノハラさんは中華人民共和国建国後の中国海軍主義と人民解放軍海軍の発展、セレナさんは、国際取引法の存在理由、申惠媛さんは、「新大久保」を例に移動を前提とする新しい「地域社会」の出現、私はカトリック教理書からみるアジアのつながり、謝蘇杭さんは日本近世本草学における儒学的基盤について、発表を行なった。また、渥美財団の「少数派」である理系研究者として、唐睿さんは光通信、光イメージング、光計算への応用に向けた光集積回路の研究、金弘渊さんはアゲハ幼虫の擬態紋様形成の分子機構の解明をテーマとする発表があった。多岐に渡る研究内容を聞くと、ナーヘドさんの研究対象の金子みすゞの一節である「みんなちがって、みんないい」が思い浮かぶ。皆さんの異なる研究対象に対して共通した強い情熱がよく伝わったと感じる。

発表後は、片岡達治先生、平川均先生、そして、金弘渊さんの指導教官である東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻藤原晴彦先生にコメントを頂いた。片岡先生は、財団からの「子供にもわかる」というリクエストに触れて、それは決して適当に喋るのではなく、自分の研究をより高いところから俯瞰する際に、問題意識をより多くの人々と共有し、より多くの人々のわかる表現で伝えることであると述べた。この問題意識の共有は非常に重要なことであり、それを実現するには、現実社会に対する理解を深めなければならないと思う。私の将来の職場では、文理融合的な、そして人類社会の全員に共有できる知を追求することを掲げているが、片岡先生のこのお言葉を真摯に受け止め、それに近づいていくため、日々努力していきたい。

コロナウイルスの世界的な流行によって、多くのラクーンのご家族の生活も甚大な影響を受けていると思うが、一日でも早い事態の収束を願うばかりである。

(文責:王 ブンロ)

当日の写真