2014年度渥美奨学生研究報告会

一年の終わり、新たな始まり
――2014年度奨学生の研究報告会に際して――

一年の時が過ぎるのはいつも速い。一年を振り返ってみると、私はいつもそう感じる。昨年3月1日に2013年度奨学生の研究報告会が行われたことを昨日のように覚えている。先輩たちがそれぞれの研究成果を話し、皆がその内容を共有する場であった。当時新しい奨学生となる予定だった私もその報告会に参加した。しかし、もう一年が過ぎ、今回は今年3月7日に自分の研究を報告する立場になったのである。

2014年度の奨学生は全員で12人である。しかし、スーダン研究のアブディン・モハメド・オマル氏(スーダン、東京外国語大学、すでに学位を取得し、現在東京外国語大学で特任助教)は、スーダンでの現地調査とのことで、今回の発表会には参加できなかった。そこで、11名の今年度の研究報告が次のように行われた。私の目に映っていたその風景を概括して書き残しておく。

最初に日本の前衛的な映画について研究している蔡キョンフン氏(韓国、東京芸術大学)から報告が始まった。ルネサンス以降、人間の認識の変化による「風景」の問題を取り上げ、戦後の日本映画における他者、とくに在日朝鮮人の描き方についての報告であった。そして、報告の最後に、蔡氏は、桜の咲いた「風景」を撮ったご自身の作品を披露した。

次は、教育基礎学を研究しているチャクル・ムラット氏(トルコ、筑波大学)の発表であった。日本の小・中学校における学校支援ボランティアの導入による教育の質的変化の問題とその意義について、学校と地域の連携の実践例として筑波地域で行われている「つくばスタイル科」の報告があった。

続いては、今年の唯一の理系の奨学生であり、がん治療における陽子線の生物学的効果を研究している、ゲレルチュルン・アリウンゲレル氏(モンゴル、筑波大学)の発表。DNA損傷の修復のメカニズムに注目し、がん治療において既存の放射線治療法より、陽子線治療が細胞の損傷が軽減できることを、門外漢にも分かるように説明してくれた。

そして、南コーカサス三国に対する日本のODAの研究をしているダヴィド・ゴギナシュヴィリ氏(グルジア、慶應義塾大学)の報告。南コーカサスは、ロシア・トルコ・イランに隣接した地域であり、黒海の東に位置し東西の要地である。その南コーカサスの三国、すなわちグルジア・アルメニア・アゼルバイジャンが持つロシア・アメリカなどに対する国際的なスタンスと、その米露両国の経済支援の特徴を説明した上で、この地位に対する日本の支援・援助政策の異なる特徴についての報告であった。

次は、民俗学の研究をしている胡艶紅氏(中国、筑波大学)。ご自身の出身地である中国の江蘇省にある太湖で昔漁船で生活を営んだ漁民の信仰生活と今日陸地に定住するようになった子孫たちの生活に続いている信仰の様相についての報告であった。

研究報告会の前半部の最後は、日本と韓国を含む世界各国の政治的市民意識について研究をしている金兌希氏(韓国、慶應義塾大学)の報告であった。参加民主主義の政治的有効性感覚の向上の問題を、日本の住民投票と参議院・衆議院選挙に関するデータを分析して、その有効性について話した。

研究報告の後半部の最初は、中国の伝統的大工道具について研究している李ホイ氏(中国、東京大学)の報告。今日の中国における大工道具の現状について話した上で、宋代の李誡の編纂した古代建築技術書『営造方式』の内容を通じて、当時の造営実態について説明してくれた。

次に、日本語のメタ言語表現について研究をしている李テイ氏(中国、早稲田大学)は、「結果から申し上げますと、〜。」などのメタ言語表現を中心に、言語コミュニケーションにあたっての文脈・談話展開などの諸言語状況の機能性の問題と、それを日本語教育の指導と学習に適用する必要性と可能性について発表した。

続いて、インドネシアを中心に近代国民国家の形成と博物館と博覧会の役割についての研究しているジャクファル・イドルス・ムハッマー氏(インドネシア、国士舘大学)は、19世紀から20世紀にかけて行われた博覧会の問題を国民国家の形成に関連づけて報告してくれた。まずは日本が日本文化の優秀性を示す方法として博覧会への参加や開催をしたと説明した上で、インドネシアにおけるオランダ植民地期とその以後の博覧会に関する様相とその政治的な特徴についての発表であった。

次に、東アジアの近代について研究している私、柳忠熙(韓国、東京大学)の発表。朝鮮知識人の尹致昊(1865〜1945)に焦点をあてて、近代東アジアにおける知識人の啓蒙思想の特徴・変容と新聞などの新たな媒体との連動性についての報告であった。

文脈意識の育成をめざした日本語文法教育を研究している王慧雋氏(中国、早稲田大学)が本研究報告会の最後を飾った。「〜(さ)せる」、「〜(さ)せてください」などの使役表を中心に、中国の大学における学習者の日本語学の実態を示し、文法の理解を高めるために教師の言語状況という「文脈」教育が行われる必要性についての報告であった。

一人15分とはいえ、全員で発表は4時間余りの長時間にわたって行われた。しかし、多く方々が真剣な表情で報告者それぞれの発表に耳を澄ましその席を見守ってくださった。そのなかで、戸津正勝先生(国士舘大学名誉教授)と佐藤圭一先生(国士舘大学教授)からコメントをいただいた。戸津先生は、ご自分の経験から在日朝鮮人の問題やインドネシアの小さい村で行われる電気博覧会などを言及されながら、11人の報告者全員それぞれに感想を話してくださった。佐藤先生は、報告者全員の研究について感心の言葉をお話しになった上で、日本の豊富な文化の体験をするために、青森県のような多様な地域文化に触れることを勧められた。コメントをくださったお二人の先生と参加してくださった方々にはこの場を借りてお礼を申し上げたい。

研究報告が始まった時刻は午後2時ごろだったが、すべての日程が終わったときにはもう日が暮れていた。報告者そして参加者の顔には疲れた様子が現れていったわけだが、今年度の一年の成果をそれぞれが共有できた場であったからか、その疲れよりも、頭と心は何かで一杯であった。本年度の研究報告会はこれで幕を閉じたが、この「一杯」の気持ちは、これからの皆の研究活動を通じて改めて感じることができるだろう。それぞれにはこれから新たな始まりが待っているから。


(文責:柳 忠熙)

当日の写真