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CHEN Yijie, “IRS Panel Report: Reconciliation through Art and Art History”

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SGRAかわらばん1075号(2025年8月7日)

【1】陳イジェ「国際和解学会パネル『美術と美術史による和解』報告」

【2】寄贈書紹介:マグダレナ・コウオジェイ編著『視覚文化は何を伝えるか―近代日本と東アジアにおける表象資料―』

【3】SGRAフォーラム/アジア文化対話「アジアにおけるジェンダーと暴力の関係性」へのお誘い(9月13日、那覇およびオンライン)(再送)
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【1】陳イジェ「国際和解学会パネル『美術と美術史による和解』報告」

2025年7月14日から18日にかけて、国際和解学会が韓国ソウル大学において開催された。私が企画したパネルセッション『美術と美術史による和解』には、渥美国際交流財団関口グローバル研究会(SGRA)の派遣チームとして参加した。

本パネルの開催趣旨は、国際和解を促進し戦争の傷を癒す上で、美術と美術史が果たした独特の役割を探ることだった。発表はすべて英語で、研究テーマに関連する時代順に行われた。司会は元渥美奨学生の陳エン氏(京都精華大学准教授)。

最初の発表は私、陳イジェ(元渥美奨学生、上海大学講師)の論文「1958年に日本で開催された敦煌展:文化による和解の始まり」。戦後初期かつ最大規模の中国美術展の一つである「中国敦煌芸術展」を中心に、冷戦期における日中民間文化交流の歴史的意義を分析した。国交が未回復だった日中両国において、日本中国文化交流協会や毎日新聞社などの民間主導で実現したこの展覧会は、約10万人の来場者を集める大成功を収めた。特に敦煌美術が共有する仏教文化的基盤(飛鳥・奈良時代の日中芸術交流)が共感を呼び、井上靖の小説『敦煌』(1959年)やNHKドキュメンタリー「シルクロード」(1980年)など、戦後日本における「敦煌ブーム」を生み出した点が強調された。政治的に困難な時代にも、文化外交が相互理解を促進し、学術・文学・映像メディアにわたる持続的影響力を発揮した事例として評価されている。展示された敦煌美術の文化的価値が、政治的な対立を超えた共感を呼び起こしたと言えるだろう。

エフィ・イン氏(Effie_Yin、Ringling_College_of_Art_and_Design講師)の「写実か近代か?1950年代の雪舟展と日中芸術交流」は、1956年に日本と中国で開催された雪舟の作品展とその背景にある日中の文化的・政治的課題についての考察だった。雪舟は室町時代の禅僧画家で、1956年は没後450年にあたり、世界平和評議会によって「世界の十大文化人の一人」に推挙された。東京と北京で展覧会が開かれ、展示の文脈や意図が異なっていたにも関わらず、国交正常化前の文化交流における画期的な瞬間だったと指摘した。特に中国にとって、この展覧会は日中間の友好的な文化交流を促進し、関係正常化に貢献する一助となった。中国は当時、ソビエト連邦への過度な依存から脱却し、「百花斉放、百家争鳴」を提唱し始めていたが、雪舟の芸術は中国絵画伝統との関連から受け入れられ、中国発祥の芸術的リアリズムの推進にも寄与した。両国の展覧会は文化的・政治的課題を反映していたが、日中の文化交流の架け橋となり、外交関係の修復と正常化への重要な一歩となった。

張帆影氏(中国美術学院講師)の報告は、20世紀初頭にベルンソンやシーレン、矢代幸雄が初期ルネサンス研究で確立した形態や様式を重視する形式主義的分析手法を活用し、東洋美術の西洋における受容の過程を分析した。この結果、東洋美術の西洋認知が進む一方、作品の文化的・歴史的文脈が軽視され、普遍化される傾向が生じた。このアプローチは東洋美術の認知度向上にも寄与した半面、文化的・歴史的文脈を犠牲にし伝統を形式化・普遍化する傾向をもたらした。画期的な異文化研究手法でありながら、形式主義的視点はオリエンタリズム的傾向とも密接に結びついていた。張氏はグローバル美術史における形式主義的方法論の限界を考察し、これらの制約を乗り越えるために、より広範な文化的・歴史的次元の統合を提唱する。

3人の報告を終えた後、王怡然氏(浙江外国語学院講師)が討論者としてそれぞれコメントし、議論が行われた。会場の参加者からも複数の質問があり、美術や美術史の「和解」に対する作用を検討した。美術展や学術研究を通じて、紛争下にある国家間の文化的対話を提唱し、非合理な憎悪と誤解が徐々に解消されることを願った。

当日の写真
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2025/08/Reconciliation-through-Art-and-Art-History.pdf

<陳イジェ CHEN_Yijie>
2022年度渥美国際財団奨学生。中国浙江省出身。2023年、総合研究大学院大学国際日本研究博士号取得。現在は中国上海大学講師を務めている。研究分野は、日中絵画の交流や受容。論文には「旭日江山:傅抱石の絵画における赤い太陽の図像と中日韓古代絵画の関係について」(『美術観察』2024年第4号)、「高島北海『写山要訣』の中国受容:傅抱石の翻訳・紹介を中心に」(『日本研究』64集,2022年3月)、「記美術史家鈴木敬」(『美術観察』2018年5月号)など、著作は『黄秋園巨擘伝世・近現代中国画大家』(中国北京高等教育出版社、2018年)などがある。

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【2】寄贈本紹介

SGRA会員で東洋英和女子大学准教授のマグダレナ・コウオジェイさんから新刊書をご寄贈いただきましたのでご紹介します。

◆マグダレナ・コウオジェイ編著『視覚文化は何を伝えるか―近代日本と東アジアにおける表象資料―』

絵画・彫刻・写真・漫画・紙幣・絵葉書・地図・紙芝居・映像などの表象資料をさまざまな方法論で分析。文字資料からはうかがえない権力関係・社会関係の諸相を読み解く。【東洋英和女学院大学社会科学研究叢書12】

◇マグダレナさんからのメッセージ
本書は、美術史学・視覚文化論の研究者を中心に、様々なメディアの事例を取り上げながら、探究された表現と解釈の最前線を紹介しています。文字資料の記録に限らず、表象資料を通して、植民地支配・女性の社会進出・戦争の記憶などをいかに語ることができるか。アートの物語を紡いだ一冊を皆さんに是非お手に取って頂けたら嬉しいです。

春風社/2025年3月
2500円(本体)/四六判並製300頁
装丁:矢萩多聞

詳細は下記リンクをご覧ください

視覚文化は何を伝えるか―近代日本と東アジアにおける表象資料【東洋英和女学院大学社会科学研究叢書12】

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【3】第78回SGRAフォーラム・第5回アジア文化対話「アジアにおけるジェンダーと暴力の関係性」へのお誘い(再送)

下記の通り第78回SGRAフォーラム ・第5回アジア文化対話(Asian_Cultural_Dialogues)「アジアにおけるジェンダーと暴力の関係性」を対面とオンラインのハイブリットで開催いたします。参加ご希望の方は、事前に参加登録をお願いします。

テーマ:「アジアにおけるジェンダーと暴力の関係性」
日 時:2025年9月13日(土)9:30~17:30
会 場:沖縄大学3号館101教室およびオンライン(Zoomウェビナー)
言 語:日本語・英語(同時通訳)
参 加:無料/参加登録はこちらから
https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSfTiUYHv0rq7-fPhcniXgj_j73iqRvgZ_P1nAz-TqZIyXhKWA/viewform
※会場参加の方もオンライン参加の方も必ず参加登録をお願いします。
お問い合わせ:SGRA事務局([email protected]

◇フォーラムの趣旨
沖縄はアジア太平洋戦争時に住民の4人に1人が死亡したとされる激しい地上戦を経験している。さらに戦後も日本国内の70%を超える米軍の施設が集中する「基地の島」と化した。女性や子どもを含む非戦闘員が犠牲となった「戦場」の暴力は、現在進行形のグローバルな課題を再考察する上で欠かすことができない題材である。軍事的な対立の際に、私たちはどのように非戦闘員の命を守るための観点を保ちうるだろうか。ジェンダーからの問いが必要な理由がそこにある。
沖縄で開催されるAsian_Cultural_Dialogues(ACDアジア文化対話)フォーラムでは、地上戦を経験し、今なお米軍基地による性暴力事件が絶えない沖縄で、ジェンダーという弱者への配慮を前提とする視点から「過去・現在・未来」につなげる普遍的価値を探る。本フォーラムは「沖縄の問題」を論じるものではない。多国籍の専門家により構成され、その議論の焦点は沖縄という空間で出会う「アジア的視点」と言える。2025年度は戦後80周年という節目の年であり、いかにアジア太平洋戦争時の傷痕に向き合うかをアジア各地で議論する年でもある。議論の場である沖縄はもちろん、アジアの過去、現在、未来に一貫して忘れてはならない本質的な価値とは何かを国際的かつ学際的に、さらにはアカデミアを超えて皆で考える機会になることを望んでいる。

◇プログラム
9:30 開会
挨拶 今西淳子(SGRA)、山代寛(沖縄大学学長)
フォーラムの紹介 洪ユンシン(沖縄大学)
【セッション1 基調講演】
司会:デール・ソンヤ(SGRA)、モデレーター:洪ユンシン
基調講演 冨山一郎(同志社大学)
「暴力に抗する「他者」の眼差し」 45分(日本語)
コメンテーター:宮城晴美(沖縄女性史研究家)、ロバート・リケット(翻訳者)、グオ・リフ(筑波大学)

11:30【セッション2 交差性】各発表30分
司会:イドジーエヴァ・ジアーナ(東京外国語大学)
発表1 高里鈴代(軍事主義を許さない国際女性ネットワーク沖縄代表)(日本語)
発表2 Intan_Paramaditha(マッコーリー大学)
「インドネシアのフェミニズム運動」(英語)
コメンテーター:Nyi_Nyi_Khaw(ブリストル大学)、増渕あさ子(立命館大学)
13:00 昼食・休憩

14:00【セッション3 戦争とジェンダー】各発表30分
司会:リオ・アーロン(シアトル美術館)
発表1 山城紀子(沖縄タイムス元記者・フリージャーナリスト)(日本語)
発表2 Jose_Jowel_Canuday(アテネオ大学)
「平和の最後の数マイル:ミンダナオ島バンサモロ地域のジェンダー化された最前線における長期戦争の後に何が起こるのか」(英語)
コメンテーター:福永玄弥(東京大学)、ヤンヒョナ(ソウル大学)

16:00【セッション4 これからに向かって】各発表20分
司会:洪ユンシン、デール・ソンヤ
発表1 徳田彩(沖縄キリスト教学院大学在学生)、松田明(沖縄キリスト教学院大学卒業生)
「沖縄の基地暴力とジェンダー:CSW国連女性の地位委員会に性暴力を訴えるー沖縄県内の動きを中心にー」(日本語)
発表2 Memee_Nitchakarn (タイの学生活動家)
「タイの若いフェミニスト運動の流れ」(英語)
発表3 仲塚静樹(沖縄大学在学生)
「沖縄戦の記憶を聴く若者たち:証言者との交流で学ぶ活動紹介」(日本語)
コメンテーター:親川裕子(沖縄大学・Be_theChange_Okinawa)、上野さやか(沖縄大学・エンパワメント・ラボ・おきなわ共同代表)、Bonni_Rambatan(Rainbow_Panda)

17:30 フォーラム閉会

※詳細は、下記リンクをご参照ください。
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2025/07/forum78_20250731-2.pdf
皆さまのご参加をお待ちしております。

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★☆★お知らせ
◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応)
SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方はSGRA事務局にご連絡ください。
https://www.aisf.or.jp/kokushi/
◇SGRAの新規プロジェクト「SGRAラーニング」
SGRAレポートの内容をわかりやすく説明する10~20分の動画で、SGRAレポートのポイントを短くまとめた上で、それをめぐる多国籍の研究者による多様な議論を多言語で共有・紹介しています。高校生や大学低学年を対象に授業の副教材として使っていただくことを想定していますが、SGRAウェブページよりどなたでも無料でご視聴いただけます。国史対話のレポートと動画は日本、中国、韓国の3言語で対応しています。
https://www.aisf.or.jp/sgra/

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