SGRAメールマガジン バックナンバー
Idrus “The Challenge of Translating Manga into Indonesian”
2025年7月10日 16:24:23
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SGRAかわらばん1071号(2025年7月10日)
【1】SGRAエッセイ:イドゥルス「インドネシア語へのマンガ翻訳の挑戦」
【2】寄贈本紹介:「モビリティー研究のはじめかた 移動する人びとから社会を考える」
【3】SGRAフォーラム「なぜ、戦後80周年を記念するのか?」(7月26日、東京およびオンライン)へのお誘い(再送)
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【1】SGRAエッセイ#797
◆イドゥルス「インドネシア語へのマンガ翻訳の挑戦」
1990年代初頭に翻訳・出版されて以来、日本のマンガはインドネシアのコミック読者から注目を集めるようになった。以前は翻訳マンガは特定のファンにしか知られておらず、限られた人だけが読んでいたが、現在では子どもから大人まで、性別を問わず誰もが楽しんでいる。Elex_Media_Komputindo、M&C、Mizanといったインドネシアの出版社が発行する印刷版に加えて、MangaToonやLINE_Webtoon、その他のコミックサイトなどのプラットフォームを通じて、さまざまな翻訳マンガをデジタル版でも簡単に見つけられるようにさえなった。
マンガはただの娯楽ではなく、文化的な価値や学びの要素も豊富に含まれたメディアだ。マンガのインドネシア語翻訳は、日本との文化をつなぐ架け橋となるプロセスである。とはいえ、言語構造の違いといった言葉の壁からストーリーの意味やニュアンスに影響を及ぼす文化の違いまで、いくつもの課題がある。
マンガを日本語から翻訳する過程では、言語に関する課題が特に大きなポイントとなる。要因の一つは日本語とインドネシア語の文の構造が異なることだ。日本語『主語→目的語→動詞』の順(SOV)で作られるのに対して、インドネシア語は『主語→動詞→目的語』(SVO)の順になる。そのため翻訳者は言葉の流れやスタイルを崩さずに、きちんと意味を伝えるために文章を正確に理解する必要がある。敬語やキャラクターごとの話し方も翻訳が難しい。日本語には複雑な敬語があり、登場人物の年齢や社会的地位、性格、関係性に応じた話し方がいくつもある。原作のニュアンスを大切にしつつインドネシア語に訳すには翻訳者の創造力と双方の文化への深い理解が求められる。
マンガ翻訳における文化的な問題も、言語的な問題と同様に非常に複雑だ。マンガには文化、教育制度など日本特有のローカルな言及が多く含まれており、日本の読者には大切な意味を持つが、うまく伝えなければインドネシアの読者には分かりづらく、混乱する。翻訳者は原作の文化を適応させるべきか、それとも原作のまま伝えるべきかというジレンマに直面する。一方で、読者が内容を理解しやすくするためには「翻案」が求められるが、過度に手を加えると、マンガの魅力である日本文化の特徴が失われるおそれがある。原作に忠実でありつつ、インドネシアの読者も楽しめる翻訳にするためには、慎重な配慮が欠かせない。
読者が気づかないことが多いマンガ翻訳の視覚的・技術的な課題の一つは、吹き出し内のテキストの配置やページレイアウトの調整だ。日本のマンガはイラストを邪魔せず、限られたスペースに文字を均等に配置する独特のビジュアルスタイルを持っている。翻訳者とグラフィック・エディターはテキストが読みやすく、文脈を守り、画像の美しさを壊さないように協力し合わなければならない。
日本のマンガの縦書き(上から下へ)の形式も、横書き(左から右へ)に慣れているインドネシアの読者にとって技術的な課題を生む。無理に変更すると、視覚的な流れが乱れ、コマの順序が混乱する恐れがある。一方、元の縦書き形式を保てば、読者は新しい読み方に慣れる必要があり、理解力が求められる。そのため、出版社は読者に縦書き形式を受け入れさせるか、横書きに変更するかを慎重に判断する必要がある。これは単なる技術的な問題ではなく、作品の文化的な純粋性や読書体験に深く関わる重要な選択だ。
「オノマトペ」と呼ばれる効果音の翻訳はさらに挑戦的だ。これらは単なる付加物ではなくイラストと密接に結びついており、物語の雰囲気や感情表現を強調する重要な役割を果たしているからだ。オノマトペをインドネシア語に変える作業は複雑なグラフィック編集が求められ、時には一部を再描画する必要があるため、とても難しい。しかし、オノマトペを説明なしで日本語のまま残すと、読者がシーンの文脈を誤解する可能性がある。
マンガ翻訳は、若者の視野を広げる上で重要な役割を果たす。グローバル化が進んだ現代において、マンガは日本文化を知るための窓口となり、異なる文化的視点を提供する貴重な媒体と言える。書籍とは異なる多様なストーリー展開や表現スタイルに触れることで、読者は自然に新しい物語の構造を受け入れる。このような経験は文化的理解を深め、視野を広げるだけでなく、さまざまな視点から考える力や感受性を育む。特にデジタルネイティブ世代にとって、マンガ翻訳は単なる言語学習にとどまらず、知的・情緒的な成長を促す重要な教育ツールとなるだろう。
マンガ翻訳は大きな課題を抱えつつも文化的、教育的、さらには経済的な可能性を秘めている。これらの課題に対応するためには、いくつかの方策が考えられる。まず、翻訳者は言語や文化の壁を超えるために、専門的なトレーニングを受けるべきだ。出版社は日本文化に詳しい編集者と連携し、より正確で質の高い翻訳を目指すべきだろう。さらに、読者に「公式翻訳」の重要性を理解してもらうことも大切だ。マンガ翻訳は単なる言葉の置き換えではなく、二つの文化をつなぐ架け橋でもある。翻訳者は言語間の意味やニュアンスを伝え、原作の情感を込めて物語を再構築するという点で、原作者に匹敵する重要な役割を担っている。
<イドゥルス Idrus>
インドネシア西スマトラのアンダラス大学(Universitas_Andalas)准教授。パダン市出身。2024年度渥美奨学生。専門は翻訳学および日本語学研究。2024年9月に筑波大学の国際日本研究にて博士号(翻訳学・日本語学)を取得。同年10月よりアンダラス大学で日本語教育と言語学の指導を行っている。
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【2】寄贈本紹介
SGRA会員で東京大学大学院学際情報学府助教の安ウンビョルさんから新刊書をお送りただきましたのでご紹介します。
◆「モビリティー研究のはじめかた 移動する人びとから社会を考える」
編著 伊藤将人、鍋倉咲希、野村実、吉沢直、金磐石、鈴木修斗
著者 安ウンビョル、小川実紗、澁谷和樹、住吉康大、田中輝美
本書は「移動(モビリティーズ)」の視点で現代社会を読み解く実践的入門書。個人の自由に見える移動を、社会的・政治的な力との関係で捉え返すという視点を通して、人々の経験から不平等の構造や社会変動を解き明かし、政策や実践に新たな視座を提示する。
出版社:明石書店
ISBN:9784750359687
判型・ページ数:A5・208ページ
出版年月日:2025/07/31
詳細は下記リンクよりご覧いただけます。
https://www.akashi.co.jp/book/b665806.html
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【3】SGRAフォーラムへのお誘い
下記の通り第77回SGRAフォーラム「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」を対面とオンラインのハイブリットで開催いたします。参加ご希望の方は事前に参加登録をお願いします。
テーマ:「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」
日 時:2025年7月26日(土)14:00~17:00
会 場:早稲田大学大隈記念講堂小講堂およびオンライン(Zoomウェビナー)
言 語:日本語・中国語(同時通訳)
参 加:無料/会場参加の方も、オンライン参加の方も必ず下記より参加登録をお願いします。
https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_u5_wRtx1T6uAYZFIMhMe3w#/registration
※会場参加の方で同時通訳を利用する方は、Zoomを利用するためインターネットに接続できる端末とイヤホンをご持参ください。
お問い合わせ:SGRA事務局( [email protected] )
◇フォーラムの趣旨
80年の長きにわたる戦後史のなかで、アジアの国々は1945年の出来事を各自の歴史認識に基づいて「終戦」「抗戦の勝利」「植民地からの解放」といった表現で語り続けてきた。アジアにおける終戦記念日は、それぞれの国が別々の立場から戦争の歴史を振り返り、戦争と植民地支配がもたらした深い傷と記憶を癒やし、平和を祈願する節目の日であった。一方、この地域の人びとが国境を超えた歴史認識を追い求め、対話を重ねてきたことも特筆すべきである。
2025年は終戦80周年を迎える。アメリカにおける政権交替にともなって、アジアをめぐる国際情勢がより複雑さを増している。こうした状況のなか、多様性や文明間の対話を尊重し、相互協力のなかで平和を希求してきた戦後の歴史を本格的に検証する意味は大きい。本フォーラムは日本、中国、韓国、東南アジアの視点から戦後80年の歳月に光を当て、近隣諸国・地域と日本との和解への道を振り返り、平和を追求するアジアの経験と、今日に残る課題を語り合う。
◇プログラム
14:00 開会
※基調講演の順番が変わりました
14:20 基調講演Ⅰ
「冷戦、東北アジアの安全保障と中国外交戦略の転換」
沈志華(華東師範大学資深教授)
14:50 基調講演Ⅱ
「冷戦から冷戦までの間 第2次世界大戦後米中関係の展開と日本」
藤原帰一(順天堂大学国際教養学研究科特任教授・東京大学名誉教授)
15:40 オープンフォーラム
[若手研究者による討論]
権南希(関西大学政策創造学部教授)
ラクスミワタナ・モトキ(早稲田大学アジア太平洋研究科)
野﨑雅子(早稲田大学社会科学総合学術院助手)
李彦銘(南山大学総合政策学部教授)
[フロアからの質問]
16:50 総括・閉会挨拶 劉傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授)
プログラム(日本語)
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2025/06/SGRAForum77Program_J.pdf
中国語ウェブサイト
皆さまのご参加をお待ちしております。
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★☆★お知らせ
◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応)
SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方はSGRA事務局にご連絡ください。
https://www.aisf.or.jp/kokushi/
◇SGRAの新規プロジェクト「SGRAラーニング」
SGRAレポートの内容をわかりやすく説明する10~20分の動画で、SGRAレポートのポイントを短くまとめた上で、それをめぐる多国籍の研究者による多様な議論を多言語で共有・紹介しています。高校生や大学低学年を対象に授業の副教材として使っていただくことを想定していますが、SGRAウェブページよりどなたでも無料でご視聴いただけます。国史対話のレポートと動画は日本、中国、韓国の3言語で対応しています。
https://www.aisf.or.jp/sgra/
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