SGRAメールマガジン バックナンバー
ZHANG Jun “Research and Reading”
2025年6月26日 14:30:27
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SGRAかわらばん1069号(2025年6月26日)
【1】SGRAエッセイ:張クン「研究と読書」
【2】SGRAレポート紹介:「東アジアの『国史』と東南アジア」
【3】SGRAフォーラム「なぜ、戦後80周年を記念するのか?」へのお誘い
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【1】SGRAエッセイ#795
◆張クン「研究と読書」
3月の渥美国際交流財団研究報告会の後、みんなでお弁当を食べながら研究の話をしていた。すると、生物学を研究している後輩が、「毎日実験室で試薬をいじってばかりいるけれど、文系の研究者は普段どんなことをしているのか、まったく想像がつかない」と問いかけた。
文系の研究者がすることといえば、論文を書くことを除けば、一言で言うなら「読書」に尽きる。ただし、研究のための読書は一般的な読書とは異なる。そこには探究の志があり、一つの問い、例えば博士論文の課題を解明するために、膨大な文字の海から手掛かりを探し求める営みがある。
中国の学者・王国維は、読書には三つの境地があると述べている。研究とは、おそらくその第3の境地、「衆里尋他千百度、驀然回首、那人却在灯火闌珊處(幾度も人混みの中を探し求め、ふと振り返ると、その人はほのかな灯火の下に佇んでいた)」に通じるものだろう。千ページもの史料をめくっても、何の収穫もないことは日常茶飯事であり、たとえ3行でも有用な記録に出会えたなら、それは幸運とすら言える。だからこそ、史料との出会いには宿命めいたものを感じずにはいられない。幾千万の文字の中から、自分が求めるただ1節とめぐり逢う。それは、果てしなく流れる時のなかで、吉光片羽(きっこうへんう:わずかに残る昔の文物、優れた遺品)をすくい取る瞬間。ただその一瞬に、ただ静かに呟くのだ。「ああ、あなたはここにいたのか」と。
しかし、もし文系の研究者に「最近、通読した本はありますか?」と尋ねたら、多くの人はしばらく考え込んでしまうだろう。著者の労苦には申し訳ないがまず序文をざっと眺め、自分の研究に関係のある部分を探し出し、必要な箇所を読み終えたら、本をそっと脇に置く。そんな読み方がほとんどだ。
研究のための読書は、どこかお見合いに似ている。理想の相手を探すとき、多くの人は身長や容姿、性格、趣味といった条件を思い描く。そして、いざ実際に会ってみて、少しでも理想と違うと感じれば、あっさりと手を引いてしまう。研究者が本に向き合う姿勢も似ているのかもしれない。
研究に宿る運命の重みとは異なり、読書にはもっとロマンチックな魅力がある。それはまるで、「春色満園関不住、一枝紅杏出墻来(庭いっぱいに満ちた春の色は閉じ込められず、一枝の紅杏が垣根を越えて顔をのぞかせる)」ように、思いがけない邂逅に満ちている。
1冊の本と出会うのは、偶然の積み重ねによるものだ。誰かの薦めかもしれないし、流行に影響されたのかもしれない。ふと目にした紹介文に惹かれたのか、本のタイトルに心を奪われたのか、装丁の美しさに魅了されたのかもしれない。私が聞いた最も奇抜な本の選び方は、あるドラマのワンシーンにあった。目を閉じて古本の山に手を伸ばし、無作為に1冊を引き抜くというのだ。そうすることで、自分の興味の枠にとらわれることなく、新しい世界へと踏み出せる。偶然がもたらす出会いの妙。そこには思いもよらぬ発見と、ときめきが詰まっている。
大学時代の親友と昔からよく本の話をしていた。彼女は老舎や谷崎潤一郎、ドストエフスキー、イタロ・カルヴィーノについて語る。会社勤めの彼女はウェーバーの『職業としての学問』を読んでも、それが「研究」とは何かを深く考える必要はない。ただ純粋に本を読むことを楽しんでいる。私は、そんな彼女の読書の自由を羨ましく思う。私の想像力は、研究課題にすり減らされていく。彼女が知の海を自由に泳ぐ一方で、研究者である私は「弱水三千、只取一瓢飲(果てしなく広がる流れの中から、たった一瓢の水をすくい取る)」ことを求められる。
しかし、博士論文を書いている間、不思議なことに研究とは無関係の読書がどんどん増えていった。夜明け前の数時間、背徳的な喜びを感じながら夢中にページをめくる。食レポ動画やかわいい動物の映像を見ても、一瞬の気晴らしにすぎない。一つ見終われば次へ、また次へと無限に手が伸びる。しかし、それでは決して満たされない。いくら摂取しても、精神はまだ飢えたままだ。
研究によって得られるのは、謎を解き明かすような達成感であり、突破の瞬間だ。それは、読書がもたらす精神の滋養とは異なる。人は読書を必要とする。たとえ私たちの仕事が、日々本を読むことであったとしても。なぜだろうか。私の好きな(米)俳優、エイドリアン・ブロディが主演した映画『デタッチメント優しい無関心』(編注:日本では未公開、DVDのみ)には、こんな言葉がある。「僕たちは残された人生のすべての時間、24時間ずっと働け、努力しろと駆り立てられ、やがて沈黙の中に消えていく。だからこそ、退屈と虚無が心に入り込むのを防ぐために、僕たちは想像力を刺激する術を学び、読書を通じて自分自身の信念を守らなければならない。僕たちは皆、この力を必要としている。あらがうために、そして純粋な精神世界を失わないために」
<張●(王+君)(ちょう・くん)ZHANG Jun>
廈門大学歴史与文化遺産学院助理教授。中国海南省海口市出身。2024年度渥美財団奨学生。2018年9月来日。2025年3月東京大学大学院人文社会系研究科を修了し博士号を取得。専門は中国近代史、特に日中貿易史に興味を持っている。
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【2】SGRAレポート紹介
SGRAレポート第109号のデジタル版をSGRAホームページに掲載しましたのでご紹介します。下記リンクよりどなたでも無料でダウンロードしていただけます。SGRA賛助会員と特別会員の皆様には冊子本をお送りしました。会員以外でご希望の方はSGRA事務局へご連絡ください。
SGRAレポート第109号(第74回SGRAフォーラム講演録)
◆第9回日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性
「東アジアの『国史』と東南アジア」
2025年6月20日発行
※中国語版と韓国語版は近日発行予定です。
<フォーラムの趣旨>
「国史たちの対話」企画は、日中韓「国史」研究者の交流を深めることによって、知のプラットフォームを構築し、3カ国間に存在する歴史認識問題の克服に知恵を提供することを目的に対話を重ねてきた。第1回で日中韓各国の国史研究と歴史教育の状況を確認することからスタートし、その後13世紀から時代を下りながらテーマを設け、対話を深めてきた。新型コロナ下でもオンラインでの対話を実施し、その特性を考慮して、歴史学を取り巻くタイムリーなテーマを取り上げてきた。
2023年は対面型での再開が可能となったことを受け、「国史たちの対話」企画当時から構想されていた、20世紀の戦争と植民地支配をめぐる国民の歴史認識をテーマに掲げた。多様な切り口から豊かな対話がなされ、「国史たちの対話」企画の目標の一つが達成された。今後はこれまでの対話で培った日中韓の国史研究者のネットワークをいかに発展させていくか、またそのためにどのような方針で対話を継続していくかが課題となるだろう。
こうした新たな段階を迎えて、第9回となる今回は、開催地にちなみ、「東南アジア」と各国の国史の関係をテーマとして掲げた。日本・中国・韓国における国史研究は、過去から現在に至るまで、なぜ、どのように、東南アジアに注目してきたのだろうか。過去の様々な段階で、様々な政治、経済、文化における交流や「進出」があった。それらは政府間の関係であったり、それにとどまらない人やモノの移動であったりもした。こうした諸関係や、それらへの関心のあり方は、各国ではかなり事情が異なってきた。こうした直接・間接の関係の解明に加え、比較的条件の近い事例として、自国の歩みとの比較も行われてきた。そもそも「東南アジア」という枠組み自体も、国民国家や「東アジア」といった枠組みと同様、世界の激動のなかで生み出されたものであり、歴史学の考察対象となってきた。
本シンポジウムでは、各国の気鋭の論者により、過去の研究動向と最先端の成果が紹介された。これらの研究は、どのような社会的・歴史的な背景のもとで進められてきたのか。こうした手法・視座を用いることで、自国史にいかなる影響があり、また今後はどのような展望が描かれるのか。議論と対話を通じて3カ国の国史の対話を、より多元的な文脈のうちに位置づけ、さらに開いたものとし、発展の方向性をも考える機会としたい。
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【3】SGRAフォーラムへのお誘い
下記の通り第77回SGRAフォーラム「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」を対面とオンラインのハイブリットで開催いたします。参加ご希望の方は事前に参加登録をお願いします。
テーマ:「なぜ、戦後80周年を記念するのか?~ポストトランプ時代の東アジアを考える~」
日 時:2025年7月26日(土)14:00~17:00
会 場:早稲田大学大隈記念講堂小講堂およびオンライン(Zoomウェビナー)
言 語:日本語・中国語(同時通訳)
参 加:無料/会場参加の方も、オンライン参加の方も必ず下記より参加登録をお願いします。
https://us02web.zoom.us/webinar/register/WN_u5_wRtx1T6uAYZFIMhMe3w#/registration
※会場参加の方で同時通訳を利用する方は、Zoomを利用するためインターネットに接続できる端末とイヤホンをご持参ください。
お問い合わせ:SGRA事務局( [email protected] )
◇フォーラムの趣旨
80年の長きにわたる戦後史のなかで、アジアの国々は1945年の出来事を各自の歴史認識に基づいて「終戦」「抗戦の勝利」「植民地からの解放」といった表現で語り続けてきた。アジアにおける終戦記念日は、それぞれの国が別々の立場から戦争の歴史を振り返り、戦争と植民地支配がもたらした深い傷と記憶を癒やし、平和を祈願する節目の日であった。一方、この地域の人びとが国境を超えた歴史認識を追い求め、対話を重ねてきたことも特筆すべきである。
2025年は終戦80周年を迎える。アメリカにおける政権交替にともなって、アジアをめぐる国際情勢がより複雑さを増している。こうした状況のなか、多様性や文明間の対話を尊重し、相互協力のなかで平和を希求してきた戦後の歴史を本格的に検証する意味は大きい。本フォーラムは日本、中国、韓国、東南アジアの視点から戦後80年の歳月に光を当て、近隣諸国・地域と日本との和解への道を振り返り、平和を追求するアジアの経験と、今日に残る課題を語り合う。
◇プログラム
14:00 開会
14:20 基調講演Ⅰ
「冷戦から冷戦までの間 第2次世界大戦後米中関係の展開と日本」
藤原帰一(順天堂大学国際教養学研究科特任教授・東京大学名誉教授)
14:50 基調講演Ⅱ
「冷戦、東北アジアの安全保障と中国外交戦略の転換」
沈志華(華東師範大学資深教授)
15:40 オープンフォーラム
[若手研究者による討論]
権南希(関西大学政策創造学部教授)
ラクスミワタナ・モトキ(早稲田大学アジア太平洋研究科)
野﨑雅子(早稲田大学社会科学総合学術院助手)
李彦銘(南山大学総合政策学部教授)
[フロアからの質問]
16:50 総括・閉会挨拶 劉傑(早稲田大学社会科学総合学術院教授)
プログラム(日本語)
https://www.aisf.or.jp/sgra/wp-content/uploads/2025/06/SGRAForum77Program_J.pdf
中国語ウェブサイト
皆さまのご参加をお待ちしております。
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★☆★お知らせ
◇「国史たちの対話の可能性」メールマガジン(日中韓3言語対応)
SGRAでは2016年から「日本・中国・韓国における国史たちの対話の可能性」円卓会議を続けていますが、2019年より関係者によるエッセイを日本語、中国語、韓国語の3言語で同時に配信するメールマガジンを開始しました。毎月1回配信。SGRAかわらばんとは別に配信するため、ご関心のある方はSGRA事務局にご連絡ください。
https://www.aisf.or.jp/kokushi/
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SGRAレポートの内容をわかりやすく説明する10~20分の動画で、SGRAレポートのポイントを短くまとめた上で、それをめぐる多国籍の研究者による多様な議論を多言語で共有・紹介しています。高校生や大学低学年を対象に授業の副教材として使っていただくことを想定していますが、SGRAウェブページよりどなたでも無料でご視聴いただけます。国史対話のレポートと動画は日本、中国、韓国の3言語で対応しています。
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