SGRAメールマガジン バックナンバー
YUN Jaeun “The Sense of Defeat in ‘The Media Has Lost’ and Future Challenges”
2025年5月15日 15:27:07
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SGRAかわらばん1063号(2025年5月15日)
【1】SGRAエッセイ:尹在彦「『メディアが負けた』という挫折感と今後の課題」
【2】第8回アジア未来会議(2026年8月、仙台)論文募集のお知らせ
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【1】SGRAエッセイ#791
◆尹在彦「『メディアが負けた』という挫折感と今後の課題」
日本のメディア業界はこの1年間、前例のない激変を経験した。世論における、いわゆる「メディア不信」が表面化し、テレビ局や新聞社といった既存メディアが批判の的となった。直近では「フジテレビ問題」があり、その前には兵庫県知事選を巡って、SNS上のみならず有権者からも直接「新聞やテレビの報道は信用できない」という声が噴出した。メディアに対する攻撃は初めてではないが、今回注目すべきことは、多くのジャーナリストに対して直接的な誹謗中傷や脅迫が急速に広がった点だ。状況は憂慮すべきレベルに達している(もしくは危険水域を超えているかもしれない)。
2025年4月25日から3日間にわたって開かれた「報道実務家フォーラム2025」(会場:早稲田大学)は、それを改めて確認できる場だった。2年前、元朝日新聞記者の川崎剛さんの紹介で初めて足を運んで以来、今回が2回目の参加となった。所属に関係なく、日本の現職・元職のジャーナリストたちが集まり、取材の経験や業界の課題について語り合う数少ないフォーラムだ。恐らく私は、生まれも育ちも、さらに仕事の経験も外国という、ほぼ唯一の存在だったかもしれない。そのため、比較的一歩引いた視点で講演を聞くことができた。
今年度は、会場が重い空気に包まれているように感じた。メディア業界の明るい未来や、最新技術に関する新たな取り組みを紹介する講演もあるにはあったが、やはり最近のメディア環境の厳しさが色濃く反映され、「どうすればこの状況を打開できるか」を議論するセッションが目立った。その一つが、兵庫県知事選における「既存メディアの事実上の敗北」と「打つ手が見えない閉塞感」であり、多くの講演がこのテーマを扱った(残念ながら、フジテレビ問題を取り上げた講演はなかったため、ここでは割愛する)。
兵庫県政や斎藤元彦県知事をめぐる疑惑、県議会による辞職勧告、出直し選挙、選挙戦での既存メディアへの批判など、目まぐるしい急展開の中で、現場のジャーナリストたちは十分に対応できず、迷走を続けたという。斎藤県知事に対して激しく揺れ動く世論の行方を追いながらも、最終的には現場の有権者やSNS上の罵詈雑言、誹謗中傷にさらされ、精神的に疲弊していった。ある登壇者(新聞記者)は、会社からまともなサポートも受けられず「社内での孤立感」が極まったと証言した。選挙戦で見られた政治家の「嘘」に対する真偽検証も間に合わず、結果としてその拡散を止めることができなかった。
質疑応答の過程で頻繁に出た言葉が「メディアが負けた」だった。兵庫県政を取材する記者クラブ(記者が日常的に取材活動を行うスペース≒団体)で「会社と戦わなかった記者はいない」という。個人的に印象に残った証言は、選挙戦における「公平性への過度なこだわり」だった。片方の候補者の公約に問題があったとしても、相手側の候補者に対しても「公平に」検証を行わなければならず、結果として問題点を十分に批判的に取り上げることができなかったという。
そうした中で、既存メディアのジャーナリストたちは現場やSNSで絶えず攻撃され、精神的に極めて疲弊しているように見えた。これまで日本では、報道による被害――つまり、事件事故報道における被害者や被疑者への誹謗中傷や個人情報の漏出といった「報道される側の被害」に注目が集まってきたが、今回は「報道する側の被害」がより目立つ結果となった。
このような状況は、日本メディアだけの問題ではない。英ガーディアン紙は「世界中で報道の自由への攻撃が激化 調査結果から確認(Attacks_on_press_freedom around_the_world are_intensifying, index_reveals)」(2024年5月3日)という記事で、これが世界的な現象であることを指摘している。
韓国でも、2024年12月に尹錫悦が首謀したいわゆる違憲的な「内乱事態」以降、尹支持者による政権批判的なメディアやジャーナリストへの攻撃が激化した。尹氏への逮捕状を発行した裁判所では暴動事件が起き、ジャーナリストたちが直接暴力のターゲットとなった。負傷者まで出た。SNS上では、一部のジャーナリストに対する偽情報も拡散され、誹謗中傷が相次いだ。それでも、攻撃対象となったメディアは沈黙せず、批判報道(ファクトチェック報道も含む)を継続し、過度な偽情報には法的措置にも躊躇しなかった。尹氏が罷免されてからは一時期の熱狂的な支持も沈静化し、暴動事件への加担者に対する処罰も進んでいる。
韓国では、メディア支援を目的とする公共団体(韓国言論振興財団)が今年から、会員社のジャーナリストに対するメンタルケア支援事業(年間最大4万円)を開始した。自然災害や暴力事件の現場での「惨事ストレス」によるトラウマ(PTSD)解消を目的としているという。日本でも最低限、同様の支援事業は必要だろう。日本のジャーナリストたちが「敗北」からの巻き返しを図るためにも、業界全体として支える体制の構築が早急に求められている。それが、今年度の報道実務家フォーラムで痛感したことだった。
<尹在彦(ユン・ジェオン)YUN Jaeun>
東洋大学社会学部メディア・コミュニケーション学科准教授。延世大学(韓国)社会学科を卒業後、経済新聞社で記者として勤務。2015年に来日し、一橋大学大学院法学研究科にて博士号(法学)を取得。同大学特任講師、立教大学平和コミュニティ研究機構特任研究員、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所非常勤講師などを経て2025年から現職。専門は国際関係論およびメディア・ジャーナリズム研究(政治社会学)。
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【2】第8回アジア未来会議論文募集のお知らせ
アジア未来会議は、日本で学んだ人や日本に関心のある人が集い、アジアの未来について語る<場>を提供します。アジア未来会議は、学際性を重視しており、グローバル化に伴う様々な課題を、科学技術の開発や経営分析だけでなく、環境、政治、教育、芸術、文化の課題も視野にいれた多面的な取り組みを奨励します。第8回アジア未来会議(AFC#8)は、論文、小論文の発表要旨を下記の通り募集します。
第8回アジア未来会議
テーマ「空間と距離:こえる、縮める、つくる」
会期: 2026年8月25日(火)~ 29日(土)(到着日、出発日を含む)
会場: 東北学院大学五橋キャンパス(仙台市)
発表要旨の投稿締切:
・奨学金・優秀賞に応募する場合 2025年9月20日(土)
・奨学金・優秀賞に応募しない場合 2026年2月28日(土)
募集要項は下記リンクをご覧ください。
画面上のタブで言語(英語、日本語)を選んでください。
皆様のご参加をお待ちしています。
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