SGRAメールマガジン バックナンバー

MORI Takato “Quest for Truth”

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SGRAかわらばん1011号(2024年4月11日)

【1】SGRAエッセイ:森崇人「真理の探究」

【2】国史対話エッセイ紹介:キム・ホ「歴史と私」
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【1】SGRAエッセイ#762

◆森崇人「真理の探究」

私の研究は高エネルギー理論物理学、物性理論、量子情報理論の境界領域である。在学中は興味本位でこれら様々な分野から「量子もつれ」と呼ばれるミクロ特有の相関を調べていたため、博士論文の研究を一つの大きなストーリーにまとめるのが難しかった。そこで研究の原点に立ち戻る必要があった。このような振り返りは研究中にはあまりしないので、何を行ってきて、何を目指していたのか、そしてどこまで進んだのか再確認するには非常に有用であった。エッセイでは、私が何を目指して博士課程の間に研究をしたのか、そして在学中に感じたことを書き連ねたい。

研究目標は量子重力理論の解明である。量子重力というのは非常に微視的(量子的)なスケールで顕著になる重力の揺らぎや重ね合わせなどの量子効果を調べる分野で、その理論的枠組みを明らかにすることがゴールである。それにより、宇宙の誕生やブラックホール等に存在する時空の特異点(=これまでの理論が破綻する領域)を説明する理論構築につながると考えられている。このように重力が強く、その量子効果が無視できない領域では、我々が今持っている物理的理解・数学的手法が及ばないため、何か間接的な理解の仕方が必要となる。

そこで、近年はホログラフィー原理という対応を用いて、量子重力を、重力を含まない多自由度の量子系(例えば電子など)から理解する試みがなされている。私の研究ではその立場から、量子系の量子もつれなどの情報を調べることで、量子重力を理解しようとした。解析手法には、場の理論[高エネルギー理論物理]、テンソルネットワーク[物性理論]、一般相対性理論[重力理論]などの様々な分野の手法を援用した。このように分野を俯瞰しながら、ゆくゆくは情報理論の立場から量子重力を理解したいと考えている。

宇宙の誕生や時空の構成単位に迫る研究は理論物理の興味のみならず、哲学的にも意味があると信じている。古来より、人類は自身や宇宙の起源、存在に疑問を投げかけてきた。私の研究は、これらの問いに対して一つの答えを与えるものだと考えている。これまでの研究からの私の理解は以下である。

私たちが見ている世界、実存とは、実際のところ情報の集合体である。また、私たちが認識できるような世界というのは微視的情報が粗視化されたような解像度の低い世界(この構造を階層性と呼ぶ)で、理論的には一次元低い世界の情報の束として表現できる。従って、我々の世界や我々が行う観測という行為は一次元低いハードディスクのような記憶媒体、つまり情報源から、ホログラムのように情報を読み出す再生装置のようなものだと思われる。

では、私たちの上位存在である記憶媒体のことを我々は知り得るのだろうか。これは近年の量子コンピュータの発展とも無関係ではない。量子コンピュータ―は古典コンピュータ―より速いかもしれないと言われているが、果たして演算される入力と出力自体は量子性を認識できるのだろうか。我々が処理される情報のようなものであるなら、このような具体化はあながち間違いではないかもしれない。このように、理論物理は哲学とも深く結びついていて、自分とは何者か問いかけられる良い手法だと思う。

私が続けてきた学際的な研究は近年、急速に進んでいる。特に理論物理と情報理論の親和性は高く、これまでにない速度とレベルで研究交流がなされている。例えば、量子重力と量子情報や、物性理論と量子情報、非平衡熱力学と情報幾何学などがある。しかし、その一方で、どちらにも精通して分野を俯瞰しながら、新しい研究分野を創成することができるような成果はまだ少なく思える。もちろん一つの分野を極めて、そこからじわじわ境界領域を攻めていく方法は間違いではないし、むしろ強みがあった方が良い(自分はおろそかにしがちなので、この文章を書きながら自らに言い聞かせている)。

しかし、様々な分野を平等に攻めたからこそ、より根幹をなす普遍的な問題に気づけるのではないだろうか。そのような問題意識で量子重力・量子情報・物性理論・高エネルギー理論物理学の幅広い分野で研究を推し進めてきた。特に私の主な分野である量子重力分野に顕著だが、曖昧で弱い根拠の上に様々な論を組み立てるものがある。これ自体はインスピレーションの源泉にもなりうるし、実際多くの研究がなされた結果、元のアイデアがより厳密に示されたりするので、良い側面はある。

しかし、実際は驚くほど地に足をつけて議論できていないこともある。例えば、ある分野の研究対象Aと別の分野の研究対象Bの間に類似性がある。「A=B」とすればAかBのいずれかを調べることで両分野の進展につながる。しかし、「A=B」というのは仮定であり、それは検証されるべき前提条件である。残念ながらその緻密な検証作業がおろそかになっている側面は否めない。これは近年の競争原理の高まりによる論文至上主義(はやりの分野で、たくさん論文を書けば良い)の弊害だろうか。私もそのあおりを受けざるを得ないのだが、それでも地に足をつけながらバイアスを排除して真実を見落とさないように注意深く、じっくり研究していきたいと思っている。

これからは京都大学、そしてカナダのペリメータ理論物理学研究所で研究員として研究を続けていくことになるが、より一層様々な分野の人々と協力しながら真理の探究をしていきたい。

<森崇人(もり・たかと)MORI Takato>
2024年10月~:京都大学特定研究員(学振PD)、2024年6月~:ペリメータ理論物理学研究所研究員、2024年4月~9月:日本学術振興会特別研究員PD(京都大学基礎物理学研究所)、2023月3月:総合研究大学院大学高エネルギー加速器科学研究科素粒子原子核専攻5年一貫博士課程修了、2022年度渥美奨学生。

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【2】国史対話エッセイ紹介

3月28日に配信した国史対話メールマガジン第55号のエッセイをご紹介します。

◆キム・ホ「歴史と私」

昨年の秋に、日本の「国史たちの対話」事務局から原稿の依頼をいただいた。「賎学非才」な私なのに、研究を振り返ってくれという注文だった。これまで何を研究し、なぜそのテーマに関心を傾けたのか、久しぶりに振り返ってみた。中途半端ではなかったと思えて安心した半面、学部や大学院生時代から就職後においても、精神的彷徨は多かったことを告白せざるを得なかった。研究履歴は一人だけの研究結果というより、研究者のもう一つの顔であり子供のようなものなので、この文章を書いている最中はずっと恥ずかしく顔がほてっている。それでも、これまでの研究履歴を少しでも整理する機会にしてみようという気持ちから勇気を出した。

1980年代に韓国で大学に通った方々ははっきり覚えていると思うが、当時のキャンパスは毎日石と火炎瓶が飛び交い、煙たい空気で息をすることさえ難しかった。中学、高校時代ずっと歴史学に憧れていた私は、大学に入学さえすれば韓国史の勉強に専念できると思っていた。しかし連日のデモと休講が相次ぐ大学生活はいわゆる「勉強」とは程遠い状況だった。また、歴史を少しずつ知っていけばいくほど、私が知っていた歴史は歴史ではなかった。

「民衆」が強調された1980年代の韓国の雰囲気のせいか、私は支配階級である王や両班の歴史ではなく一般民衆の日常の方により関心を持つようになり、民衆の歴史を復元しようと決心した。幼い頃からなぜか強者より弱者の文化に関心があったという背景もある。ところが、100年前に遡ってみると、残っている史料や記録はすべて漢字だらけだった。

全文は下記リンクよりお読みください。
https://www.aisf.or.jp/sgra/kokushi/J_Kokushi2024KimHoEssay.pdf

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